一人の大人としての尊重

 大学も3年生になれば、学生と言えども立派な成人である。しかし、わたしはちょっと買いかぶっていたのかもしれない。一応、超はつかないにしても狭い日本では一流の大学である。彼らもそのくらいの自覚は持っているんじゃないかと思ってここに赴任した。恩師も、そのようなことを言っていた。

 しかし、完全に騙された:-)。汚い作戦だ;-)。


 共同研究をさせていただいていた首都圏の国立大の教授の先生にはこう言われた。

 「若い人は研究に専念したらいい。大学教員になるのは成果が出てからでいい。」

 国研時代にお世話になった先生は、旧帝大の助教授時代の経験を踏まえて、こう言われた。

 「若い教員が学生に与える影響と、ベテラン教員のそれは違っている。」

 国立大の先生の言葉を字義通りにとると、若輩者には教員は務まらんということかもしれないが、そういう意味ではなかったかもしれないと思い返す。研究で一流になりたい思い上がった研究者も、成果が出ていれば、それを実現できた環境を与えてくれたことに感謝して、ようやくこんな不毛な、いや正確に言えば短期的に結果が得られない仕事だって引き受けられるという意味じゃないだろうか。

 あとは地道に進むほかないのかな。でも、他所から声も掛けられている。一度きりしかない人生。計算すべきことのようにも思わないではないが…。

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人を売り、自分を売る

 このページの所在をついに母に告げた。書き始めた当初は、とてもこんなものを書いているなんて言えなかった。内容を読んでみると分かると思うが、自分や家族を晒すむごい文言が展開している。こういう所業を精神医学者の中井久夫先生は「人を売る」と表現した。他人としてこれを読むなら、大したこともない他所の家を覗くような好奇心くらいで、軽くしか見ないだろう。しかし、ここで晒される人のうち、これを受け入れられない人も大勢いると思う。実際、この内実をWeb上に晒すのには勇気がいったし、それを身内に告げることなんて猶のこと恐ろしかった。

 そうではあったが、こんな行為を黙って続けることが私には不誠実に思われた。そして、書き連ねるうち、これも全て運命であるとともに、わたしが自らの意思で引っ張ってきた結果なのだと思い知った。許してもらえなくとも、これ以外に私の所業はないのだから、この現実を母に知ってもらいたいと思った。今私がここにあるのには、さまざまな人との係わりあいで気付かされ、それに基づいた私の決意があるのだと。それは決して単に自由な係わりや選択ではない。

 しかし、そんな私の勝手な行為を母は許してくれた。これも運命なのだと諦め、そしてこれが次の展開になるならと認めてくれた。そして、私の考え方は母のそれと似ていると。損なところは似なくていいのにと言った。


 自由に思い通りの人生を歩み続けている人はほとんどいないだろう。幼いころからそれに気がついてはいたが、思い上がりもあった。自分は、静かに封建的なルールに則って、ゆっくりと自己実現していけばいいと思っていた。しかし、着実すぎたようだ。もう気がつくと30代も後半に。やりのこしていることが山ほどある。

 わたしってなんなのだろうか。都合よく自分の目指すものを取捨し、挫折感を軽減してやってきた。しかし、他者との係わりだけはやはり困難な課題だった。

 知を振りかざして、そこにすがって他から逃げ遂せた。たった一つのことだけ目指して生きてきたが、それを覚悟といえばそうである。そのさまを他者と自分を題材にして書き、覚悟、覚悟と学生諸子へ押し付けている。しかし、その根拠はわたしのこれまでの生き方であり、今ここにあるわたし以外にはない。

 とはいえ、押し付けは詩であり、それが小説の基本になければ一流にはならない。という意味の言葉を辻邦生先生の本(「言葉の箱―小説を書くということ」)に見出した。だから、こんな風に自分の葛藤をさらけ出すことも、他者との係わりの一つのやりかただと知って、安堵させられる。こだわりなくなんでもしてみることと、それと格闘し生きることの意味を見出すこと、それを手に他者と係っていく。そんな方法でいいだろうか…。

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最近…

 なんか最近、自分は便利に人に使われすぎているように思う。
 ふざけんなって感じ。

 言いたいこと言われても、仕方ないねなんて言っているからなんだろうか。

 多分、わたしが幾らいろいろ感じて、ここに書いていても、わたしの言葉を参考にする人はいないようにも思う。だって、このやり方では、便利に使われるのが落ちだと思うだろうから。もっと、ふてぶてしく振舞えるように、もっと結果を貯めないといけないのだろうか。って、まだ足りないの?

 そのうち不満が溜まって、勝手なことするかもしれないから注意しておいたほうがいいかも。

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思い通りにならないこと

 最近、しんどい。思い通りにならないことが多くて、辟易してしまう。委員会だの何だの研究以外の仕事が多い。だから、いろいろアイディアがあっても、それを自分ひとりでなにもかも実行することは出来ないことを痛感する。となれば、人に頼るほかない。しかし、学生それぞれにも人生がある。彼らが望むことを押さえ込んでまでも私の意図を通すことに信念を持てないことが、私の弱さなのかもしれない。

 こうしたほうがおまえのためだという押し付けが、本人のためになるかどうかは正直言って分からない。それは運命である。それとは逆に、彼らが望んだことが出来ることが本当にいいことなのかも同じく分からない。後者は、望んだことをした以上、本人はひくにひけない状態になるように思いがちだが、それとは無関係に、望まずとも現実は対応を迫る。その意味ではどちらも大差ない。やはり、本人次第だし、出会う人次第だと思う。

 斯く言う私も、修士課程を終わるタイミングで大学外の研究所(以下、外研)に行って研究することを勧められたとき、一回は拒否した。当時は研究が順調でなかったのだから、環境を変えてみるいい機会だった。先生はそれを見て、環境も良い外研に行きなさいといった。義理深い私は、面倒を見てもらっていた助手の先生を裏切るようで、嫌だった。しかし一方で、当初からの目標を達成するためにいろいろ考えた身勝手ではないアイディアを実行させてくれない環境に限界を感じていたのは事実だった。最終的には、勧めに従い移ることにしたのだ。

 それは、結果としては良かったと思う。しかし、別のところにも書いたが、大事なことは環境だけではない。与えられた場で、自分の発想で出来る限りのことをしてみることだと思う。外研では先輩面はできず、また未熟者からやりなおしになる。そして、確かにいろいろ分からないことを研究員の人たちに尋ねたりもしたが、そこはやっぱり周囲はプロ集団だから、いい加減なことを聞くことは恥ずかしいという感じもあった。ここがわかんないから教えてくださいなんて、素人感覚丸出しで聞くなんて、場違いな感じだった。彼らは教育するためにいるわけではないから。だから結局、自分を追い込んでよく勉強したと思う。そして、思いつく限りのことは、いろいろしてみた。学生の特権である。そのことを認めてもらえたんだろう。学位取得後に、放り出されず、運良く常勤スタッフとして採ってくれた。


 去って欲しくない人が去り、残って欲しくない人が残る。これはどこの場所でもそうらしい。学校というところは、時期が来れば必ず人が去る。それはいい面と悪い面がある。最近は多くの研究機関は任期制になって、こいつは使えないなとなれば、そのまま切ってしまうから、学校と変わらなくなってきたのかもしれない。とはいえ、学校は、人を囲っておける金もポストもそうそうない。また、教員からしてみれば、自分の意思でそうするのだから仕方がないと言ってしまえば、責任を回避できているという側面もある。

 まあ、仕方がないか。わたしも、才能のある人との係わりをうれしく思って、学生時代をすごしてきた。その反面、自分が成長できないような係わり合いをなるべく排除してきた。そうやって、自分の時間を大事にし、かつ、社会に生きるための係わりを維持してきたのである。その戦略は今となっては間違っていなかったと思うが、その分、自分の時間を制限してやってきた。だって、身の回りの才能のある人、できる人は、寸暇を惜しんで研究をしていたから、わたしもそれに倣った。

 だから、ひどい言い方かもしれないが、才能がないくせにやる気がなくて、そのくせプライドの高いやつは好きになれない。面倒くさいとか、難しいから仕方ないとか言う人。そんなひとはわたしに頼らないでね。まあ、こんなことを言ったら、自分の仕事を減らさないととても間に合わないのだけれど。でも、わたしがどうしたって、そんな人は社会で通用しません。便利に使われているだけなのに、出来ているんだなんて勘違いしているのだとしたら、かなりまずいかも。

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甘酸っぱい思い出?

 行定勲「ひまわり」を首都圏某地方民放で見る。映画については、みんなのシネマレビューなどを参照して欲しい。大まかに言えば、主人公の美しい女性が、自分を探すように何人かの男と交際するが、小学生の頃の初恋の思い出にこだわり続けていたという事実に、相手の男が気付く。といったような話である。

 わたしは、ませたガキだったようだ。幼稚園児・小学生くらいから、いろいろな女の子と仲良くしていた。おまえ、それはただ仲がいいだけだろうというツッコミはなし。だって、他の連中はそんなことを諦めていた節があるから。思春期になれば、今や当たり前のように恋愛したりするが、われわれの小学生の頃って、そんな気持ちがない。寧ろ、からかって遊ぶほうに熱心なのだ。わたしは、それに負けて、その種のことを封印してしまったように思う。そのうえ、2度の転校は諦めを促進した。
 高校は男子校に進み、大学も理工系の単科大学で女性はほとんどいない。気がつくと、その種のことに注意を払わずに、勉学に集中していた。その後、家庭の問題でふさぎ込み、対人恐怖症みたいになった。優しい女性に救ってもらいたかったが、めぐりあう機会を避けた。

 そんなことをしている間に、わたしは就職し、専門性を高め、社会的に自立してしまった。まるで、自分で全てやったかのような錯覚を覚えている自分に気付く。だからもう、女性に期待するものなんてひとつしかないよ、といわんばかりの私なのだろう…。

 そんなときにこの映画を見た。小学生・中学生の頃のいろいろな想いがよみがえってきた。子供の想いだからこそ、純粋だったように思わなくもない。しかし、よくよく振り返って見れば、人を比較したりする余分な気持ちがしばしば混ざっていたことに気付く。

 そういえば、わたしの初恋っていつだったのだろうか…。

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意地悪な電話

 関西から関東の中学に転校してまだ一月も経たないとき、隣の席の女の子から、カンペン(いまでもこう言うのかな)と数本のサインペンのセットを貰ったことがある。

 まだ、自分の本領なんて発揮する場がないから、単におとなしい可愛い(?)男の子という印象しか、周囲に与えていなかったはずだ。お勉強がそこそこ出来ることがまだ知られていないのに、好意を寄せてくれる女の子がいることに私は驚いた。ちょっと可愛い子だったので、それから気になって仕方がなかった。まあ、転校生が女の子と付き合っていたら、それこそ…。そのあたりにはとても敏感なわたしは、自然に仲良くするだけだったのだが。

 そのプレゼントを目ざとく見つけた御仁が、触れ回ったりした。新入りにとって、それをきっかけにいじめられるととてもつらい。孤立無援だから。でも、大事に至らなかったのは幸いだった。

 そんなある日曜日。自宅に、ある女の子から電話がかかってきた。母が取り次いで、わたしに受話器をわたす。誰なんだろう?出てみると、どこかで聞いたような声。でも、まだ一月くらいだと、顔が浮かばない。

 好きな人はいるのかとかプライベートな事を聞いてきたり、わたしの好きな色を聞いてきて、わたしもその色が好きだといってみたり。数人の女の子がかわるがわる話をしてくる。最初は疑いもなく返事をしていたのだが、これってなんだろうと思い、返事するのをためらっていると、奥のほうで笑い声が聞こえる。ああ、あの人なのか。同じクラスの、顔は可愛いのに意地悪そうな女の子を思い出した。それを頼りに全員の顔が思い浮かぶ。

 適当に理由をつけて、電話を切った。


 これって一体なんだったのだろう。幼いわたしはいろいろと考えを巡らした。女の子って、だいたい幾つかのグループに分かれて行動していることが多い。そのプレゼントを呉れた女の子は、あまり目立たない女の子たちのなかで中心的な存在だった。とてもしっかりしているように見えた。別の子らも、わたしが気にならなかったわけではないのだろう。そこで、ちょっかいだしてみようと思ったのではないか。

 そのうえ、わたしはうぶで可愛い男の子に見えただろう。まあ、それは今も大差ない(?)ように思うが。だから、女の子たちには、なめられているのかもしれない。

 私に関心を持つ女性たちは、常に私を上位から眺めているように思う。わたしの、女性的とも思える敏感で高い感受性によって感受した刺激を、臆病にも思索に繋げる様は、かわいらしく、愛すべき対象であると思えるらしい。私への感情は母性本能にも関係するとある人は言った。これは、恋愛とは少し違うだろうが、区別できない女性も中には居るのである。わたしも、それを求める愛と勘違いし続けてきた。

 しかし、ある意味勿体無い話かもしれないが、わたしには自尊心もあるし、そんなお節介が好きになれない。わたしは対等な関係を求めている。人の成長には、さまざまの人間とのさまざまの係わりが大事ではあるけれど、それは、相互を尊重し敬意を持つ中から育まれるものではないのか。一方的に教授する関係などありえないと思う。それに対し、彼女らはただ母性本能を一方的に押し付けてそれで満足しようとするように見えた。その結果、わたしは女性との関係をうまく構築できた試しがない。繰り返し彼女らのそんな部分を引き出させ、その度わたしは幻滅する。それが頻繁に感じられると、嫌気がさしてくる。

 となると、わたしにとっては、わたしと同じように敏感な女性たちしかいないのかもしれない。そうやって、こちらの父性本能(?)をも満足させて、「おあいこ」にしてしまえばいいのかもしれない。あるいは、自分のそんな性質を変え、引き出させないような振る舞いをするか、そんな彼女らを却ってそのまま愛するか、のどちらかになろうか。

 女性たちをして母として関わらせようとするこの敏感さは、わたしの思索の根本であって、あらゆることごとを俎上にのせ分析する気質に反映している。そうやって、わたしは現在の自分を構築してきたのである。そのことにもちろん多くの人は気付くはずもない。単に、思索好きと、繊細さが共存しているのだと。もう少し言って、何かの関係があるとは思っていても、それ以上の思索が多くの人にあるわけがない。

 その後は別の展開を見せることになる。多分、彼女らは想像できなかっただろうが、わたしはその中学でもみんなにとって、特別な存在になっていった。だって、勉強が出来るのに、自己主張しない静かな男だから。他の手っ取り早く目立とうとする手合いとは、明らかに一線を画していた。転校してすぐに行われた全県実施の実力テストで、わたしの偏差値を見て周囲は、「関西の人はみんなこのくらいできるの?」と言った。そんなわけないだろうと思いつつ、「できるほうだったけど…。」と答えたわたしに、別に深い意図は無い。わたしは、共感くらいしか、人に求めているものはないから、その意味でも謙虚であると自分で言える。普通に見える私にうっかりしている人が多そうで、却って安心する。ただ、操るのはそんなに簡単じゃないですよ。


 って書いてしまった後で、せっかく人と係りあえるきっかけを、無残にも切り落としてしまっている自分に気付く。わたしらしく静かに係わり合いを続けていくべきなんだろうな。最近ちょっと刺激が多くて、反応も過剰すぎるのかもしれない。

 塩野七生「男たちへ」に、オノ・ヨーコの言葉が引用されていた。

 「男女平等? なぜ優れている私たち女が、男たちのところまで下がってきて、平等にならなくちゃいけないの?」

 ああ。対等な関係なんて、望むべくもないのかも…。


 中国出張で、ある立派な先生にスナックに連れて行ってもらった。日本語が多少できる女性がお酒の相手をしてくれたのだが、そこでもわたしの精神年齢は12−14歳くらいだと、うら若い美しい満族の女性に言われた。中学校から変わっていないのか。まあ、そうかもね。わたしの心の幼さは万国に通用するのだろう、周囲に確実に読まれているのだ。同い年のママさんには、大人だといわれたけど、それって慰めか、彼女の不幸な生い立ちを聞いたりした内向的な会話のせいなのかどうかはわからない…。ともあれ、この子どもっぽさについては別のところで触れたい。

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内なる旅

 父を亡くした昨年の6月以来、わたしは自分の内面へと旅立った。大学の学部時代をこれに費やして以来、十数年ぶりのことである。あのころと比べてなにが変わったのか。その間に仕事の成果があって、多少の自信はついたものの、然して代わり映えしない自分に気付く。

 もうそろそろ、この旅から日常に帰らなければならない。この旅のきっかけは、父を亡くしたときに貰った友人からのメールである。そこには、「ここまで懸命に走ってきたのだから、ゆっくり休んでもいいんじゃないか」という、優しい言葉があった。

 この言葉をありがたく受け取りながら、自分が目を伏せてきた一側面に向き合おうという試みに、いよいよ本格的に時間を割こうと思い至った。自分の存在意義を危うくするような所業、つまり研究以外のことに現を抜かしていいのだろうかという不安もあったが、今このことをしておかねばならないと思った。孤独の陥穽の中で、充足感と寂寥感の中にいた私には、心と他者との係わりの問題にけりをつけたいと思ったのだ。

 この思いはなにも、今に始まったことではない。しかし、研究の成果を求められ、それを得ることによって生かされていると信じていた私には、やすやすと傾倒できる問題ではない。しかし、研究ではなく学校での講義を行う中で、学生諸子とのコミュニケーションの難しさを強く感じたことに端を発し、心と他者への係わりを強く意識するようになったのである。

 最近評判の村上龍氏の著書「13歳からのハローワーク」には、氏の両親が教師であったこともあってか、特別の思い入れを持って理想の教師像について、次のように述べられている。

 『これから求められるのは、教師の権威の復活ではなく、児童生徒とのコミュニケーション能力を持った教師である。これから、教師を目指そうとする子どもや若者には、いろいろの知識やスキルを身につけることはもちろんのことだが、どのような学校に勤めるにせよ、まず「自分の人生を充実させ、楽しむこと」を優先させて欲しい。』

 これは大学教員に向けられた言葉ではなかったのかもしれないが、魅力ある教官像を構築することに意義があるということは、私には自然に理解できた。というより、一緒に居る人間が魅力的であれば、前向きになれるし、ともに時間を一生懸命過ごしたいと思える。こういう生き方を実践するための場を作るのが、教育には必要だということなのだろう。これは職場環境とは大きく異なっている。職場では、金を得ているという事実があって、集団はある目的に向かって進むことが対価として求められている。そして、そのことを構成員たちは理解せねばならない。教育の現場にはその当たり前の強制力はない。だから、前向きに生きていくということを見せ付けなければ、動機がないのである。

 老獪な先生方のような経験もないわたしは、未熟な若手(?)の教官だ。そして手持ちの研究技術だけでは満足できず、独自な研究を求めて日々彷徨っている。それほどまでに難しい命題なんて掲げなくてもいいはずなのに試そうとしている。もともとこの命題に没頭することを覚悟して、研究所の研究員として狭いニーズに応えていればいいだろうと孤独に向かった筈だった。一人なら思うがままに生きてもいいかなと思った。それがいつのまにやら、心を使う商売に鞍替えしてしまった。そして昨年来必要だと思って急遽心を穿り返したら、却って不安が亢進してしまった。

 わたしは、前向きに生きるために、悩み考えている人間であるということは、あからさまになっている。それでいいのかなと思っている。その一方で、ちょっと違ったことを考えている。目の前の個々の問題に没頭できないということの意味は何か。自分の思い込みに夢を抱いている。

 だめなら、首にしてくれという覚悟もない。じっとしていて幸せになりたいなんて虫がいい事を考えている。いつもそこに至ってしまう。ここまで人生を制限して、能力を高めてきたのに、それを使いこなせないで居る。

 内なる旅は、あまり意味がないのだろうか。わたしの場合、内面を掘り下げる一辺倒になってしまって、現実における他者との係わりを無視してしまっているようだ。現実の問題・人間を見ていない。そのことは、わたしの気質なのだろう。自分による自分の解明。これが可能なのかは、結局不明なのに、それを信じていつまでも掘り続ける。他の手立てを考えねばならないのにいつも常に一辺倒。何も進歩していないというのはこのことだろう。

 しかしやはり、他者との係わりを無視して生きることはありえないのだ。今日もこうやって、ここにやってきた。Enneagramだの、HSPだのは、本当はあまり好きではないのだけれど、いろいろと教示的なことを述べてくれるし、それはやっぱりありがたいことなのだ。なにか、自分の大事にしてきたところが、一部の他者と何も変わるところのない一気質に過ぎないということを詳らかにしてくれる。


 区切りを今年度末に設定したためもあってか、あと二ヶ月を切った最近の精神状態はいろいろあった割には、悪くない。いや寧ろよくなってきている。以前なら凹ませてくれるいろいろの事々も、客観的に軽く見られるようになっている自分に気付く。やっぱり、来年度は研究に没頭しよう。だからといって、ようやく向き合えるようになった人付き合いの問題を止めるつもりはない。もう少し、外に向かってみよう。

 この一年は無駄じゃなかったのかな。

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分類される私

 エニアグラムとか四柱推命にちょっとはまっている。自分はテストの結果、エニアグラムではタイプ5らしく、本を買ってきて調べてみたら、ある本(D. R. Riso & R. Hudson, Personality Types, Houghton Mifflin)にタイプ5に関する表を見出した。以下にそれを訳してみた。



行動姿勢欲求恐れ
健全の3階層
1. 解放のレベル
預言者
開拓/羨望の対象/深遠/革命/同情/知性
参加
瞬時の察知/悟り/畏敬/澄んだ心/信用
自己実現
外界から離れている自己像(外なる観察者)からの解放
根源的恐れ
無能・無力で援助できないこと
2. 心理的受容のレベル
洞察
当意即妙/好奇/戯れ/警戒/並外れた
観察
注意/鋭敏/魅惑する/非感傷的/客観/自己内包
根源的欲求
貢献するための何かを得るために有能になる
二次的恐れ
洞察が不十分で人生の指針が得られない(人生に圧倒される)
3. 社会的価値のレベル
革新
独創/熟練/創意/対話/創造/技能
集中
探求/開かれた心/忍耐/気まぐれ/頑固/独立
二次的欲求
自信を得るための何かを修得する(居場所をつくるための自信)

貢献する価値あるものを持っていない(不意)
平均の3階層
4. 不均衡のレベル
熟練
聡明/技術の修得/収集/篤学/実践/閉ざすのを遅らす/好事家
概念化
博学/モデル構築/分析/非拘束/準備/貪欲

心と想念に退却することで安心感と自信を感じる

他者からの要求が内的世界への脅威に感じる
5. 関係制御のレベル
夢中
世界構築/秘密/思索的/神経質/とっぴ/非実用/分割/ものおじ
分離
抽象/集中/必要の無視/複雑化/放心/煽動/無節操

(精神活動を昂進して)侵入を排除

他者は適所と能力を攻撃する
6. 過補償のレベル
挑発
議論好き/軽蔑/敵対/係争/遠くから取る/転覆/鈍感
極端
皮肉/知的な傲慢/疑念/悲観/結論への飛躍/けち/短気

適所や内的世界を脅かす他者を脅かす

世界や他者とともにある場を見出すことへの諦め
不健全の3階層
7. 侵害のレベル
奇矯
孤立/不安定/拒否/空虚/関係破壊
虚無
退却/価値を貶める/暗い幻想/逃げ場のない苦悩/直情

外界との関係を全て排除(あらゆるものと地獄へ)

世界は自分に対して閉じている
8. 欺きと強迫のレベル
妄言
幻覚/突出/撃退/悪意/不眠/奇矯
統合失調
歪み/奇妙な知覚/恐れ/過熱/むかつかせる/援助の拒否/躁鬱

恐れを寄せ付けない

外的かつ内的影響から自己を防衛しない
9. 病理的破壊のレベル
病的
狂気/自殺/消滅/自閉/麻痺/無力
忘却されることへの期待
縮小破壊/分解/内なる混沌/忌まわしい感覚/狼狽

現実を離れ、あらゆる感覚的入力を止め、自覚から離脱する

根源的恐れの現実化:無力かつ無能にして援助できない


 また、四柱推命をベースにしたキャラクター分析のサイトによるわたしの結果は以下の通り。

 1. 知識欲が強く、他人が知らない事を解り易く正しく伝えようとする人
 2. 啓蒙派、人々の無知を啓発し、正しい知識を与えるタイプの人。

 真面目で素朴な雰囲気の控えめな私心の無い人。率直で楽天的から、他人に振り回されたり騙され易い所がある。見た目は頼りなさそうだが、一本筋の通った人柄であり、頑固で融通がきかぬ一面もある。あくまで人柄を大切に人物評価を下し、温かく信頼深い交際を望んでいる。

 あなたは、初対面の人と話をするのが苦手でしょう。自分を上手く表現できません。でも相手には本当の自分をわかって欲しいと思っています。そして、子供のような純粋な心の持ち主でもあり、感情を隠すのが苦手で、駆け引きや裏表のある対応は出来ない傾向にあります。人に対する好奇心は旺盛なのですが、すぐに本来の心配性と臆病な面がのぞき、それが又、顔に出てしまい、好奇心を持続させる事は苦手なのです。でもいったん仲良くなると、途端にわがままになったり、ずうずうしくなったりしますが、そこは天性の無邪気な可愛らしさでフォローし、愛されてしまう上に甘え上手に振舞います。

 外見的には柔和で控えめな態度で、人の気をそらさない気遣いの人でしょう。円満な人格者で、自分や人を傷つけるのが嫌いでもあります。人情に厚く、律儀で誠実な性格であるため、社会を見る目も家庭の中でも封建的な面が強い傾向にあります。また、理不尽な事があると見逃せない正義感の強さも持っています。

 そして、気性がさっぱりとしている為に何時までも根に持つ事はありません。順応性もあり、どのような状況にも合わせていけるたくましい生命力を持ち備えているのです。

 案外に、おっとりとしたのんびり屋に見えていても、本当は非常にせっかちで合理的に手早く物事を処理していく人でしょう。元来サービス精神が旺盛で楽観的であるために、物事を頼まれるとノーと言えずに引き受けて他人から良いように利用されかねません。また純真な心と繊細な心配りが、人を育てたり教えたりする事に向いており、大人相手では緊張しても子供ならば大丈夫で、深い愛情で包んであげることも出来るのです。

 あなたは、誰にでも好かれ、どんな時にも心が波立たず、変わらない温和な人でしょう。服装にも無頓着で、態度にも飾り気が無く、裏表の無い素朴な性格の人です。初対面の人には強く警戒しますが、親しくなると可愛いわがままが出てくるようです。交際範囲は広くなく、心から信頼できる人と永く付き合うタイプでしょう。好き嫌いは激しく、純粋で、心が非常にまっすぐなので、思った事感じた事をすぐに口に出す事もあって口うるさく受け取られるようです。他人にもそれを求めて自然と厳しくなる傾向にあります。独善的にならないようしたいものです。でも本人はとても楽天的でサッパリしていて全く悪気は無いのです。立ち直り、心の切り替えの早い人でもあります。ストレスの溜まらない、得な性格といえるでしょう。積極的で活動的であり、開放的ですが、それゆえ、執着心や粘り強さに欠ける面もあり、努力を遠ざける傾向にあります。でも、秘めた情熱が夢や希望へ向かわせるので、何時までも若々しくいられます。ところが、物事をすぐに諦めたり上手くいってもあっさりと人に譲ったりする所があります。

 このおおらかさはあなたの魅力ですが、もうすこし粘り強さを持つようにして損がないようにしたいものです。

 また、事業運もありますので、成功の可能性は高いモノがあります。ただし、執着心の薄さがネックとなりそうですし、そしてまた金銭面での注意と慎重さが必要です。

 1.一際目立つ存在で、また、異色な存在である。
 2.理想が相当高く、大きな目標を打ち立てる。
 3.内面は、パワーに満ちていて相当な野心家です。
 4.人と違った一面をアピールし、差別化を図りたがる。
 5.人知れず努力し、人に手の内を見せたがらない。その裏には、高いプライドが見え隠れする。
 6.感情の起伏は激しく、怒りを爆発させる。孤独を愛するナルシスト。人に支持される事で、活躍の場が広がる人です。


 これを読んで、人の発達とはどんなものだろうか、そして、外界との係わりとはなんだろうかということを、少しく考えてみた。

 「基底欠損」は、精神医学者マイクル・バリントの一連の著作に出てくる概念である。全ての人は、多かれ少なかれ何らかの満たされない不足を幼いときに感じていて、それを満たそうとする欲求が、人の活動の原点になっていたりする。多分、エニアグラムは、それを根源的恐れ(Basic Fear)とか根源的欲求(Basic Desire)とか呼んで、類型化し分析しているのだと思われる点でとても興味深い。

 精神病理では「性格か病か」が常に問題となるという。だとすれば、精神病理の分類は、性格分類となりうる。土居健郎は「わかる」をめぐっての一方的なコミュニケーションの様式を提案し、病理を分類した。つまり、

 1.「わかられている」分裂病圏
 2.「わかられっこない」躁うつ病圏
 3.「わかってほしい」神経症圏
 4.「わかられたくない」精神病質圏
 5.「わかったつもり」パラノイア圏
 6.「わかっていない」器質的脳障害圏

が、あるというのである(土居健郎「土居健郎選集5 人間理解の方法:診断と分類についての若干の考察」)。これも、他者との係わり方の志向性を表わす分類として、基底欠損にかかわるのではないだろうか。

 満たされない不足の程度は、人格において結構重要な意味を持っている。要するに健全か不健全かということにもなろう。才能と欲求はあまり因果がないことかもしれないが、強く不足を感じれば、それを強く求めていくため、後天的な能力補強という形で自己開発を促す。いわばハングリーさだろうか。他方、恵まれた環境に育つと、動機が弱くなる恐れがある。しかし、いずれにしてもそれはバランスの問題であり、人が成長していく流れの中で、ある部分が
欠けていると感じる場面に出くわすことは多いのではないか。

 そんなとき、当然だと思ってしまう恐れや欲求を、客観的に眺められなければ、意外に簡単におとしあなに落ちてしまう。


 生年月日をベースにした占いなどによる性格分類に関しては、なぜそうなるのかの根拠がまるで分からない。しかし、当たっているような気がするのはなぜだろうか。もちろん全てが運命付けられているとは思えないが…。どのようにして、この種の占いが形成されてきたかを知りたい。その成立には、実は興味深い方法論が隠されていたりはしないだろうか。


 ところで、内なる旅は、自分の根源的恐れや根源的欲求に気付き、それを超えていくための内省であるのだろう。自分を掘り下げて得られるのは、その程度のことだが、さりとてその程度のことに気付くことの意味はとても大きいと思う。自分の感覚や無意識にしてしまう行動の源泉は、実はそんなつまらないことだったのだと気付くこと。それによって、楽しくなく感じる自分を客観視し、より自分らしく生きることへの道筋がつかめるのではないだろうか。

 このことをせずして、何のために生きているのか。簡単に得られる安全保障感に無反省に生き、人のせいにする生活。そんなつまらない生き方を見せられると、とても寂しくなるから、止めて欲しいのだけれど。


 大学に来る前、わたしはどうにか3のレベルまでに至っていたように思う。確かに狭い職場で、やっている内容は私の望みとは必ずしも一致していなかったが、少しずつそれを開拓していけるという兆しがあった。しかし、上司の異動やさまざまの人の想いが混ざり合って、今はここにいる。

 今のわたしは、3よりは下のレベルに戻ってしまったように思う。自分の適所を見出すのに時間を使ってしまうと感じていたのは、この表にきちんと説明されていた。新天地では、少し精神状態が悪くなる。でも、それは、タイプ5という人口の9分の1はいるとされている人間のパターンに過ぎない。このパターンを変えるなんて、なかなか出来ないことなのだろうし、こんなパターンを示してくれると、人生の可能性と限界に気付かされる。これは、却って気が楽になる。別に、諦めるということではなくて、着実に進むほかないのだなと気付かされるというべきか。

 塩野七生さんの本に影響されているのかもしれないが、こうしなければならないなんていうことは、世の中にはないのではないかと最近特に思う。某先生は、金を取ってきて、独創的な仕事をして云々と言われる。確かにそうなればめでたいし、周りにとってもとても良いことかもしれないが、そのことが自分の人生の幸福感や健全度とどれほどの係わりがあるだろうか。しなければいけないという義務感は、確かに行動のエネルギーにはなるけれど、それで生きているうちは楽しくないんじゃないか。そうではなくて、自発的に楽しく何かをしているということ。そうやって生きる術を手に入れたい。その上で、必要なことができるはずなのだ。

 人を何かに強いていくということはするまい。それが、自分にとってどうかという視点からのものである限り、却って意味を減じる。とはいえ、そういう影響を受けることも運命だし、それを受け入れられる健全さを身につけたいとは思ってもいる。

 ただ、ここまで他者に優しくなっても、わたし一人がしているだけなら意味がないだろう。生きやすいように、敵の軍門に下ってもいいが…。それほどこだわりがあるわけではない。しかし、今は優しさを人に押し付けているのだから、本当は優しくないのかも…。

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心を開く

 今朝は変な夢を見たからか、そんな夢を見る原因が先にあったのかどうかは分からないが、不安が心を占めていた。そのことは、すぐに反映される。要するに顔に出ている。

 自分が不安に直面するとき、それはほとんど人との係わりのなかにあるのだが、どうやら、心ではなくて知や理が勝ったときにそれが起きていることもあるようだ。いや、もともと、知や理で進めようとしていて、心を蔑ろにしてきている。それが、不安に直面して、先鋭化する。一方心の働きをなぜか抑制しようとする自分に気づく。知や理で持って解決しようとする。多分、そのこと自体は悪いわけではないのだが、周囲から離れた孤独な営みに見えるだろう。人を寄せ付けない何かが現れている。

 「心を開く」。多分、これが、自分の統一を侵すことなくより快い状態に到達するために必要なことなんだと感じている。考えていると書いていないところが、私らしくなくていい感じだ。これまでは、心を開くと、自分が失われてしまうと思っていた。心を開くと、自分の中に世界が入ってきて、自分を壊してしまうと思っていた。

 そうやって日々意識して、生きていくべきなのだが、さまざまのことごとに翻弄されて、うっかりしてしまう。もっと自己チェックをできるようにしなければならない。

 皆さん、御免なさい:-)

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暴力への恐れ

 二日酔い気味の今日、5時半に目覚めた。気分が悪くてかなわないが、風呂をセットして、コップ一杯の水を飲んで、コタツから布団に移動した。

 いろいろの想いが混ざっていたのだろう。うとうとしていたらかなり明確な夢を見る。

 登場人物は全員知っているのだが、意外な組み合わせ。数名のメンバーで山の温泉にでも来ているようなのだが、そこにある知った人が現れる。その人は、臆面もなく、宿舎の部屋で、性的に倒錯したような写真集を眺め始める。そして、そのうち、自らの手に登山ナイフで何度も何度もきりつけていく。何が起きているのか。わたしは呆然と眺めるだけ。血まみれになった手のまま、彼は一人山を降りていく…。

 目が冴えてしまったので、風呂に入りながら、この意味を考えてみた。その特定の個人とそのこととは関係ないだろう。しかし、この自虐的な暴力的な行為の意味はなんだったのだろうか。


 ふと、亡くなった父のことを思い出した。もう二十年以上前のことになるが、わたしが関西に住んでいた頃、母は社会人のテニスサークルでの活動に喜びを見出していた。そこには、多分メンバーたち男女の微妙な感情の往還もあったのではないだろうか。そのことを父は勘ぐっていたのだろう。何があったかは知る由もないが、多分、その勘は外れてはいなかったのではないかと思える。そして、それを確認するために、母のつけていた日記を読んだようだった。疑念が先か、日記を読んだのが先かはわからないが。

 ある休日、父は一人家を出た。わたしは気にも留めず家で過ごしていた。そのとき、父から電話を受けたのはわたしだった。父の「涙が止まらない」という言葉の後に続いたのは、信じがたく暴力的な言葉だった。小学生だったか、中学生だったか、そのころの私には、ただ、静かに聞くことしかできなかった。「こんな父なんてどうしようもないだろう」なんて言い方もしていた。母にそのことを伝えると、室内を確認し、日記を読まれたことに気づいたようだった。焦りと恐怖に慄いていたが、すぐに、出かけて行った。

 しかし、大事には至らず、父は母とともに帰ってきた。母は日記を焼き捨て、もう日記は書かないと言っていたことが記憶に残っているが、それ以外のことはわたしの心の中に封印し、忘れてしまった。その後、十年しないうちに二人は別れた。


 思い通りにならない人の気持。それに出会ったときに、暴力に訴えてしまいたくなる感情は、わたしのなかにはない。確かに幼い頃、兄弟げんかはよくしたものだったが、もうニヒルに諦めで包んでしまう。昨年の父の危篤に際して弟から貰った厳しい言葉にも、暴力的な気持など起きようはずもなかった。私の心の内面が伝わらない、そのやりきれない気持をどうしたものか、とても寂しくて、本当に悲しかった。

 ドメスティックバイオレンスは、以前から社会問題になっている。ということは、暴力は特殊なことではなくて、日常の問題なのだろう。悪循環が、他者を傷つける方向に展開することも日々あたりまえに起きているということだ。

 ときどき剥き出しになる感情は当然としても、それに付随した暴力。嗚呼、何の権利があって。

 それとは逆に運命に自分を委ね、感情を閉塞し、人生を諦めに包む。

 人々のさまざまな心の機微。これを愉しめって言うのか。このことの辛さの前に、気力が失われてしまう…。しかし、そんな衝突から身を守らなければ生きてはいけないのだ。

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