初の海外旅行は、博士後期3年のとき。良く仕事をしたというので、国際学会に参加させてもらえることになった。先方に連絡を取って、学生のための参加費用助成のお願いをする。英語でやり取りをするのは初めて。周囲には頼りなさげに映ったろうが、なんとか食事代や参加費などが免除になるところまで漕ぎ着けた。
それはいいのだが、当てにしていた師匠のYさんが、家族と行くので別ルートになるという。今から思えば、頼りない私をなんとかしようという画策だったのだろう。可愛い子には旅をさせよということか。現地で落ち合うから、一人で会議のあるフランス・グルノーブルに行ってくれという。
英語がろくに出来ないことがコンプレックスのひとつであったわたしにとって、このことはとても恐ろしく思えた。飛行機にも一回くらいしか乗ったことがない。もちろんわたしの性格からして、行きたくなくなったのだが、もう引き返せない。でも、追い込まれるのはいつものこと。諦めつつも、不安は消えない。
手配は全部してもらった。予定ではANAで成田からパリ・ドゴール空港へ。パリ市内で一泊し、TGVでグルノーブル直通。会場に赴いて、所定の手続きを済ませるところまで。帰りも同じルート。一日余分にパリで時間をとることに。
まず、「世界の歩き方」を買ってきて、TCが便利なことを知る。クレジットカードの手配が遅れて、間に合わない。池袋の東京銀行に行って、VISAのTCを買おうとするが、とても混んでいて嫌気が差す。近所の常陽銀行がAmexのTCを扱っているのを知り、大差ないだろうと、こちらを買う。これが過ちの一つ目。
学生で金もなく、スーツケースを先生に借りることに。かなり大き目のケースでコロが小さいタイプ。これも過ちの二つ目。
パスポートの手配などが完了し、どうにかこうにか出国にこぎつける。
異国の地で客死する覚悟で、成田に向かう。前日に、スカイライナーの予約を入れておいた。スーツケースがことのほか重く感じられる。しかし、舗装道路ではことの重大性に気づくことも少ない。
成田では手続きのひとつひとつが初めてで、戸惑うことばかり。
当時の私は、孤高を保っていた。人に尋ねることなどない。そんな恥ずかしいことができるか。全部自分で事前に調べ、すべてを予測可能な範囲で処置できるようにしていた。そうだから、実験などで予測不能な事柄に出会うと、そこでストップ。仕切りなおしていた。確かにこの方法でも着実に進んでいくのだが、非常に効率が悪い。そして、予測不能な事態を回避しようという考えばかりが先立ち、冒険が出来ない。そのことは、外研に出て、仕事を教えてもらうようになって、強く感じていたことであった。これはどうにかしなければならないという気持ちはあったが、どう手を着けていいかわからない。そんな状況にわたしは居た。
海外の一人旅は、予測不可能な事柄の連続。それの意味を理解させることを期待して仕組まれた旅だったのだろう。とにかくわからないことを人に尋ねなければ先に進めない。恥だのなんだの言っていられない。
飛行機は満席。食事もなにもわからない。が、そこは日本の航空会社。パリには無事に到着する。入管手続きも適当にこなし、初日の宿へ向かうことにする。
電車の切符を買うが、窓口で目的地を言っても通じない。英語の発音には多少の自信があったが、そんなものは通用しない。ともかく、恥をかきつつなんとか買い求め、電車に乗り込む。ドゴールは市内からはかなり離れている。電車で市内を目指す。落ち着いて二等車に腰を据え、一本で行けるはずの駅まで一休み。
途中駅でほとんどの乗客が降りてしまう。まだのはずなのに、ここは大きな駅なのだろうと思う。ずっと待っていても出る気配はない。客がしばらくして乗り込んでくる。そんななか一人の婦人が私になにか話しかけてくるが、フランス語ではまったく意味がわからない。なにかを伝えたいようだが…。悪いが無視して、席を移動する。暫くして、扉が閉まって出発。あれ、逆に進んでいる。ああ、終点だったのね…。目的地の駅までまっすぐいけると信じていたのに、そうではなかったようだった。気がついたら後の祭り。教えてくれたご婦人には済まなそうな表情を作って、目を合わせた。まあ、一駅戻るだけなら、たいしたことないだろう。そう思ったが、なかなか止まらない。え!これは快速なの?5・6駅すっ飛ばしてかなり空港に近いところまで戻されてしまった。なんとか、さっきのターミナルまでもどるが、まるまる1時間は無駄にした。
駅の案内所でどういくのか聞くしかない。某先生から、パリ市内のツーリストインフォメーションは日本語が通じると聞いていた。安堵して日本語を使うが、その美しい女性は、ぽかんとした表情でわたしを見ている。英語しか使えないらしい。また、恥ずかしい思いをする。まあ、そんなことたいしたことじゃないと、この旅行で思うようになっていくのだが…。それはともかく、地下鉄に乗り換えないといけないらしい。最初の話と違うじゃないか…。切符を買いなおして、地下鉄駅へ。
もう、要領はわかってきた。一回乗り換え、目的の駅へ。地図の通り歩けば、目的のホテルにたどり着いた。予定よりかなり遅れて、あたりは暗くなっていた。部屋に入って、ようやく安心を得ることができる。
一休みしたら、空腹が襲ってくる。切符や案内所でのやり取りに不安を覚えていたわたしが、食堂に入れるはずもない。もしかすると、TCが使えないのではないかという気持ちにもなる。隣がピザ屋だったが、値段も不安になって諦め、小さな食料品店でコーラとチーズを買うことにした。糖分と脂肪分を取っておけば、とりあえずは大丈夫だろう。そう思ってレジへ。前に並んでいた客が私を見て、何か言っているようだ。日本人への悪口だとはすぐにわかった。店主は居たたまれないような表情をしつつ、おつりを返してくれた。
今晩はこれでOKだと、ようやく本当に安堵して、TVをつけて風呂に湯を張る。コーラは同じ味。でもチーズは…。一口食べて、便所にすべて捨てた。
明日はTGVに乗ってグルノーブルへ。早く寝ることにする。
AmexのTCはあまり通用しないらしいことがわかってきた。TCを現金化して欲しいとホテルで訪ねるが、それは出来ないという。宿代は無事払えたのだが…。
チェックアウトを済ませ、TGVに乗るGare de Lyon駅への道順を尋ねる。タクシーで行った方がいいと言うのだが、現金がない。地図は借りて持っている。駅へはそれほど遠くないはず。歩いていくことにした。
大きなスーツケースがここで足枷のようにのしかかる。15分くらいでいけるはずなのに…。ここで乗り遅れたら…。いろんな不安が頭をよぎる。早朝。歩いている人は少ない。
なんとか時間前にたどり着く。切符にパンチを入れ、電車に乗り込む。朝から疲れがどっとでる。昨晩の空腹は今朝のパンだけでは満たされない。しかし、電車が動き出すと、車窓の風景に釘付けになった。ごみごみしたパリ市街を抜けると、農業国フランスらしく田園風景が繰り返される。そして、直線の線路に、新幹線との違いを強く感じ取る。これなら早く走れるだろうなと。そんな光景に安心したのか、うとうと。昼前に、グルノーブルに到着。
こぢんまりした駅に到着したのだが、果たしてここからどうするのか。会場は郊外にあるグルノーブル大学のキャンパス。とても歩いてはいけない。わたしは、ほとんど途方に暮れた。案内所は怖くていけない。駅前を行ったりきたりしていた。
ここなら誰か日本語を介する人に会えるかもしれない。それまで待つしかない。日本人と思しき人に、恥を忍んでようやく尋ねた。N大のT先生。そうこうしていると、知り合いの先生にも出会う。ようやく安堵し、昼食をご馳走になったりして、一息つく。そこからは、順調に物事が進んでいった。
学会会期中は人と行動を共にして、支障なくすごすことが出来る。恥ずかしながら、ほとんど学会の内容は覚えていない。
最終日、やはり私だけパリに戻る。今度は、パリで二泊してから帰国するという算段だ。パリ市内を散策することが目的。夕方にパリに到着し、地下鉄を乗り継いで、モンパルナスで降りる。ここは、都会の雑踏。たくさんの人が行きかっている。多少、恥をかくことに慣れてきたので、ここは思い切ってホテルのありかを訪ねてみようとする。若くて気の弱そうな女性が目に付いたので、この人に英語で聞いてみた。英語がわからないという。困ったような表情をされたので、御礼を言って、もう自分で探すことにする。地図どおり近くにあって、夕刻にはチェックイン。
晩飯を食わなくていいように、昼ごはんをたっぷり食べておいた。そのお陰で、なんとか過ごすことに成功する。朝は、ホテルのカフェで、無料のパンとコーヒー。
とにかくルーブルに行ってみたい。これが今日の目標。地下鉄なら乗れるようになっていて、シテ島やモンマルトル、エッフェル塔、凱旋門などを経由して、ルーブルへ。
だんだん恥もかきなれてきていた。というより、わたしは日本人。知らなくて当然じゃないか。ルーブルを堪能すると共に、飯を自分で食ってみよう、と思う。
ルーブルのカフェで、ジャンボンとビールを頼む。このフランスパンのサンドイッチはとても気に入った。また、ビールの酔いもいい具合にわたしの緊張レベルを下げてくれる。あちこち美術品など眺めるが結局、全部回りきれない。部屋に戻る。
晩御飯は、スーパーで買ったのだったか。もう忘れてしまった。明日は、夕方まで時間が残っている。しかし、なにか吹っ切れたような気がしていた。
荷物をフロントで預かってもらい、夕方にここに戻ることにした。買いはしないが朝市に出向いたり、レートのよさそうな両替所を探して、TCを現金化した。今日もまたルーブルにいこうと思う。それは、見る目的もあったが、所蔵品のレプリカを買いたいという気持ちが起きていたからだ。スカラベの安い置物をつたない英語で買うことに成功し、満足を得る。
それに気を良くして、とにかくサンドイッチとビールを数箇所で食べた。にこにこした笑顔で、注文してみた。もう、恥も何もない気がした。とても、楽しい気分になった。そうしたら、パリの街も人も、とても親しげに思えてきた。人にわかってもらえないと思い続け、苦しんでいたわたしだったが、そうではなくて、自分から人を拒んでいたんだと思えた。一人で異国の街に立っているそんな危うい私が、社会で生きていくということがどんなことかを感じ始めていた。それが本当に吹っ切れるまでには、まだまだ時間を要しているが、確実に変化の兆しが見えてきていた。
この旅によって、わたしは自分が避けてきた問題を明らかにすることができていた。忘れることの出来ない、とても貴重な体験である。
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