想いを伝えるI

 初めに断っておきますが、これは恋文の書き方について言っているんじゃありません。多少は参考になるかもしれないけど、もっと一般的に自分の考えを文章したときに、なるべく多くの人が最後まで読もうという気にさせたい書き手の参考になるものを目指して書いています。といっても、私の文章がその域に達しているかどうかはわかりませんが…。

 書くという行為は、基本的にひとりごとですから、どうしても自分勝手な独り善がりになりがちなものです。かいてすっきりするというのでは、単なるマスターベーションに過ぎませんが、人のそんなものを見たいという人は変態だけですよね。だから、読む側の立場になる。これが第一原則です。

 人の立場になるってどんなことでしょうか。そんなものが分かるくらいなら、誰も苦労しない。そう言わないでください。みんな、結構コミュニケーションはしたいんです。いろいろ知りたいと思っている。刺激的で、平易で、見て役に立ったと思えるものが好きなのではないでしょうか。

 では、もう少し掘り下げて、人にとって興味深いものとはなんでしょうか。人は生きていれば、さまざまな場面でさまざまな問題に出くわします。それらが解きうるなら解かれるべきであるし、不可能ならそのことを当座は受け入れられるように(つまり、ペンディングできるように自分を納得させるように)自分を変容させておきたい。それを問題として意識していないものが、その解を見出すことはありません。なんかよくわからないけど、こうなったらいいのにとか、そんな漠たる問題意識では解には迫れない。


 ところで、私は結構ミーハーで、大御所の作品が好きです。小説、音楽、絵画、さまざまなジャンルで、マイナーな作品に惹かれることはあまりなかったように思います。自分では深いところを感じられる人間だと思っているのですが、他者からはそうじゃないからメジャー処が好きなんじゃないかといわれるのです。そうなのかなと思っていましたが、どうにかしてそれを否定する理由を探し続けていました。最近ようやく、それらしい理由が見つかりました。

 要するに、「独り善がりでない」作風が好きだということでしょう。それは一部の人には理解されなくても仕方ないという割り切りとは違います。みんなに分かって欲しいという思いやりが人の心を掴みうるということ。作品が本質を直接は伝えずとも、自然に伝わっているということ。それを強く感じられる作品が好きなのです。それらと対面すると、その作り手の意図を自分のものにしたいという気持ちが湧き上がってくる。

 他者と自分は違います。そんな違う人に自分の想いを伝えたいなら、相手の気持ちを汲もうということから始めるほかありません。分かってくれない。そんな自分の想いばかりを人に押し付けるのは難しい。しかし、逆に言えば、沢山の人の目に触れれば、そのうち誰かが真意を汲んでくれるんじゃないかって言えないでしょうか。となれば、沢山の人との出会いが必要なのだけれど、それが出来るかどうか…。世にはさまざまな人がいて、それぞれ想いがあることを、出会いがそれを教えてくれる。でも、そこまで分かり合えるにはどんな手段がいるのでしょう…。


 しかし、作品が売れる、つまりはその人の成したことが認められるというとき、必ずしも真意を介して何かが伝わるというわけでもない。要するに、自分が成したいことの意味意義は、自分が考えているより、広くて深いものかもしれないのです。あまり自分の思い込みばかりを強くするのは、却って損なのかもしれません。誤解もたまにはいいことをもたらすものです。あんまり伝わりすぎるのも、安易な関係を生む。その意味で、難しいこと、つまり、多少の緊張感は本質に迫るために大切です。自分でそれを掴むために。あるいは、掴む必要はないと思うために。

 ここで今一度考え直してみれば、想いを伝えるというのはなんなのだろうか。

 まだまだ続きます…。

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人を売り、自分を売る

 このページの所在をついに母に告げた。書き始めた当初は、とてもこんなものを書いているなんて言えなかった。内容を読んでみると分かると思うが、自分や家族を晒すむごい文言が展開している。こういう所業を精神医学者の中井久夫先生は「人を売る」と表現した。他人としてこれを読むなら、大したこともない他所の家を覗くような好奇心くらいで、軽くしか見ないだろう。しかし、ここで晒される人のうち、これを受け入れられない人も大勢いると思う。実際、この内実をWeb上に晒すのには勇気がいったし、それを身内に告げることなんて猶のこと恐ろしかった。

 そうではあったが、こんな行為を黙って続けることが私には不誠実に思われた。そして、書き連ねるうち、これも全て運命であるとともに、わたしが自らの意思で引っ張ってきた結果なのだと思い知った。許してもらえなくとも、これ以外に私の所業はないのだから、この現実を母に知ってもらいたいと思った。今私がここにあるのには、さまざまな人との係わりあいで気付かされ、それに基づいた私の決意があるのだと。それは決して単に自由な係わりや選択ではない。

 しかし、そんな私の勝手な行為を母は許してくれた。これも運命なのだと諦め、そしてこれが次の展開になるならと認めてくれた。そして、私の考え方は母のそれと似ていると。損なところは似なくていいのにと言った。


 自由に思い通りの人生を歩み続けている人はほとんどいないだろう。幼いころからそれに気がついてはいたが、思い上がりもあった。自分は、静かに封建的なルールに則って、ゆっくりと自己実現していけばいいと思っていた。しかし、着実すぎたようだ。もう気がつくと30代も後半に。やりのこしていることが山ほどある。

 わたしってなんなのだろうか。都合よく自分の目指すものを取捨し、挫折感を軽減してやってきた。しかし、他者との係わりだけはやはり困難な課題だった。

 知を振りかざして、そこにすがって他から逃げ遂せた。たった一つのことだけ目指して生きてきたが、それを覚悟といえばそうである。そのさまを他者と自分を題材にして書き、覚悟、覚悟と学生諸子へ押し付けている。しかし、その根拠はわたしのこれまでの生き方であり、今ここにあるわたし以外にはない。

 とはいえ、押し付けは詩であり、それが小説の基本になければ一流にはならない。という意味の言葉を辻邦生先生の本(「言葉の箱―小説を書くということ」)に見出した。だから、こんな風に自分の葛藤をさらけ出すことも、他者との係わりの一つのやりかただと知って、安堵させられる。こだわりなくなんでもしてみることと、それと格闘し生きることの意味を見出すこと、それを手に他者と係っていく。そんな方法でいいだろうか…。

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仮面と本音の使い分け

 ここで言うのは建前と本音の使い分けではない。仮面とは社会生活を営むために必要なスタイルのことであるが、必ずしも建前とは一致しない。それを一部包含したもっと大きな意味を持つ。

 楽しくないけれどしなければならないこと。これを無視して世の中に生きるわけにはいかない。しかし、人は幾分かはそれを無視してしまわないと息苦しい。それがどんな場合なのかに着目すると、その人の性質が少し見えてくる。
 
 静かで本音を語らないが、なかなかこちらの言うことを聞いてくれない者がいる。言うことを聞かないというのは、まさに本音であるが、あくまで個人的な関係においてそれが出てくるのだ。いくら偉い(?)教員のいうことであっても、それは公的な意味を持たず、一対一の問題だと理解している。それなのに、数名の人を介した日常の会話では、建前論に終始する。そして、集団の秩序を乱すことは決してしない。彼らは、建前とは自分を抑圧するが、秩序を作る装置だと考えているのか。彼らは一対一の関係が危うくなっても、社会に生きることはできると考えている。どちらかといえば民主主義的だが、社会主義的ともいえる。

 他方、元気でわがままに映るが、個人的な関係においてはとても義理深い者もいる。一対一ならとても素直で聞き分けがいいのだが、集団のルールや雰囲気を大事に出来ない。あるいは、自分の本音を通してしまえるのではないかと感じているように見える。彼らからすると、建前とは社会の共通価値であって、自分を社会に売り込む道具かもしれない。だから、人を見て対応する。社会に生きるとは、引き立ててくれる一部の人間との関係を保つことだという気持ちが強いのかもしれない。このことは、個人主義的ともいえるが、ここにもあるとおり、ある意味主従関係に基づく封建的な関係性だともいえる。

 仮面とは公的な意味で表出している自分であって、研究室の中のような狭い空間だけでは測れない。表に出る機会の少ない彼らは、仮面を育てることが充分に出来ないだろう。わたしもそうだったし。
 上の二類型のうち、どちらがいいかなどという問題ではなく、それをAufhebenしたところに到達点があるように思う。本当の社会性は、やっぱり学校では育み得ないのだろうか。

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神秘主義と科学主義

 普段のわたしを知っている人なら、エニアグラムや血液型性格分析に関心を持つなんて信じられないだろうと思う。こんな根拠のはっきりしない理論を納得するなどということは、科学主義の信徒のように生きているように見えるわたしにはありえないだろうと。

 確かに数年前の自分ならそうだったかもしれない。科学的裏づけがないものは信ずるに足らず。そう考えていた。

 しかし、その一方で、人のこころが神秘なものに囚われることにも関心があった。なぜ、宗教を信じるのか。あるいは、科学なら信じられるのはなぜか。それを解明するその人文・社会科学的なアプローチにも関心があった。多くの受容するのみの人々にとっては、自分の都合がいいことや耳障りのいいことを受け入れて、利用することに過ぎず、それを探求するということとは無関係のことだろうが。そうではなくて、ぼやけていても現実をうまく説明できるということ、つまり帰納の意味を見つめてみる必要があるということを言っている。

 そんなことを考えていると、「科学を進めることは、わたしに幸せをもたらしてくれる。」なんて思っていること自体を不思議に思うようになった。確かに、科学を信じ、科学に現を抜かした結果、科学者としては順調で幸せな人生を進みつつあることに気付く。一方で、私生活はどうなのかという問いに、幸せですと答えられない。このことは、科学者のコミュニティーにおいてのみ、認められているということに他ならなかった。

 これらの行為はあくまで方法なのだ。なにかを信じる信じないではない。そう考えることもできるかもしれない。方法を実践して、何事かをなし、コミュニティーに受け入れられる。しかし、ある方法を採るということは、それによる恩恵を期待するということである。そのことを信じるというのではないか。

 裏づけを積み上げていくうちに求める世界に到達することが出来るはずだ。そんな価値観で世界を眺めるとき、われわれは人生の到達点をユートピアに設定することはできないだろう。その建設のために、累々と屍が積み上げられていく。先日、「Lord of the Ring」の第3話を映画館で見た。悪を滅ぼすためという名目の下、戦いの中で何千何万という生命が瞬きする間もなく失われていく。そのことの虚しさは、そうやって手に入れた平穏な生活との間のギャップの甚だしさにも感じられる。実際、その戦闘シーンに、一部の観客から笑いさえ上がったほどだった。しかし、一方で策を弄して手に入る安穏とは。われわれの欲望の際限のなさと、簡単に打ちのめされる理想とは…。そんな運命に翻弄されることを怖れ、確たる平穏を手に入れたいという欲求とは。

 われわれが論理を期待する理由が、運命を因果に変え、選択が恩恵に繋がる裏づけが欲しいということなのだとして、それでは科学はわれわれに幸せを本当にもたらすのだろうか。科学は、裏づけを与えてくれるとしても、直ちに恩恵を与えるわけではない。わたしは、それを都合よく錯覚しているのだろうか。リスクを回避することを望むということ。しかし、それでは大成しないと、多くの成功者は語る。

 わたしは神秘主義者ではないが、そのようなものにも関心はある。そして今や科学的方法論だけを信奉することはできなくなっている。ようやく真人間になってきたということだろうか。根拠を説明できなくとも、それがために、無意味だとか、信ずるに値しないなんて、子供みたいな論理を弄することはしたくない。逆に、神秘的なものに大きな価値を与える意味はそれではどこから来るのかという問いが発生するが、それは多分、信じるということこそが、生きるうえで重大な決意の表れなのだ。無根拠な生を信じるということ。その望む欲求を自由に求める、つまり信じる自由が大事なのだろう。しかし、信じ実行するうちに、恩恵を受け、それに飽き足らなくなる。そんな、さまざまな欲求の繰り返しに陥るだけなのだろうかという気もしなくはなく、その先の地平を探している…。

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売れる自分

 「鉱脈を探り当てる。」

 苦悩の末、溢れるように成果が出てくるようになったとき、そんな言葉を使うことがあるようだ。売れなかった作家が、急にいい文章を書くようになったときなどに使ったりする。研究者が苦悩の後、成果を量産するなんていうのも、これに当たるかもしれない。

 日々、研究と称する自由な環境の中に居ると、却って苦しむことが多い。鉱脈を探り当てていないときには、人に貢献しているのか疑わしく、自分を責める。いつかは貢献できることを見出したいと戦っているつもりである。

 そんな我々は、あらゆる可能性を考察しながら、思いつくアイディアを組み合わせ、混ぜあわせる。その、何をしてもいいという自由が息苦しい。が、自分で選んだのだから、そのことに不平は言うまい。

 その様は、多分日々汲々と過ごしている人からは、気楽な商売だと映るのかもしれない。しかし、不誠実な生き方に甘んじられる人は、ほとんどこの仕事をしているなかで見たことが無いことを、言っておきたい。同業者の甘い評価だと言われたら、返す言葉は無いが…。


 そんなわれわれの作り出す結果も、経済システムの中で消費されるものに過ぎない。幾ら分かりにくい結果でも、研究という自己再生産システムの中に位置づけられる。研究自体が社会システムの一部を成しているから、やはり、他の人に役立つなにかでなくてはならない。

 他の人に役立つというのはどういうことか。その感覚を的確につかむことは、自分の欲するものを手に入れる第一歩であるだろう。

 まず、リスクの高いものは価値が高い。自分が安全なところに居て、手に入れるものは価値が低い。これは疑いようの無い事実である。

 それ以外には、まったく新規で便利ななにかを提示することであろう。これは暫くすると便利さに麻痺し飽きられるが、必須であるのならいつまでも求められるものである。

 しかし、これらをとてもグローバルな意味において考える必要は無い。かなり部分的な範囲だけでいいのである。ただし、その範囲と価値がどのくらいなのかは、業態によって変わるし、歴史的文脈においても変化しうる。それを察知する必要がある。

 これまでの仕事を振り返ってみれば、そんな社会的な意義なんてあまり考えてもいなかった。上司や偉い先生に認めてもらえることが大切だったのだ。これと同じように、意義というのも社会と独立してあるわけも無く、外界の求めるもののうち、自分が他者よりも経験・実績において可能性の高いものを選んだらいい。そうやって社会に貢献していけばいいのではないか。そうやって気負わずに仕事をしていけないか。


 そうやって鉱脈を探り当てれば、いいのかもしれないが。そのためには、さまざまのことを意識してかかる必要があるというわけでもない。いい加減にしていても、その鉱脈に当たることもあるだろうし、幾ら努力しても結果が得られないこともあるだろうから。

 しかし、我々は信じている。努力の結果、良い結果が得られることを。あるいは諦めている。頑張っても、どうにもならないということを。

 この差異はなんだろう。やはり、結果が出なければ貢献にはならないのだろうか。そうやって自分を責めていること自体は健全なのだと思うが。

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ジェネラリストとしてのモチベーション

 じっくりと生きていく中で、その時々の意欲とか動機とかを自然に掘り下げて、新しい展開に繋げていくことができたら、どんなにかいいだろうと思う。性急ではなく、着実に自らを成長させていきながら、人生を歩んでいけたらいいのに。

 でも、そんな風に思い通り行かないのが世の中。望んでいるのにやってこなくて、望んでもいないのに展開を期待される。

 これは、自分の意思決定においても同じである。特に、将来の展望、具体的には職業選択をこの点から考えてみるとどうなるか。

 子供たちの将来の夢のアンケートは毎年公表されるデータである。そこで出てくるのは、スポーツ選手や学者、大工、刑事、調理師、看護婦、教師などのスペシャリストばかりである。これは当然だろう。職業といったときイメージするのは、特殊技能を持った人たちだろうから。

 しかし、スペシャリストに徐々に求められてくるのは、特殊技能を追求することだけではなく、そのことをマネージすることである。別の言葉で言うと出世。ジェネラリストとしての第一歩が始まる。多分、どんな会社でも、初めは特定の業務で実績を上げることが期待される。それは狭いが深い技能である。それを究極的に掘り下げていくことはひとつの選択である。しかし、人間、それほど我慢強くない。満たされるという感覚は、同じ対象ばかりでは容易に得がたくなってくる。

 とはいえ、自分をその狭い分野に限定して仕事をしてきた結果、それに縛られている。その狭い分野を好きになるべく努力してきたのだから、他のことに喜びを見出せるだろうかという不安。そうして、好き嫌いだけで能力を掘り起こすことの限界にぶち当たる。

 そもそも自分がしたかったことは何か。生き甲斐って何だ。ジェネラリストへの道に足を踏み込むと、そんな哲学的な問いに向き合わされる。スペシャリストの仕事は、成果が見えやすいから価値が分かりやすい。最近は、ジェネラリストへの道を歩みつつあって、自分の嗜好に合わないことを、無理して取り込もうとしているのだが、そのことはとても困難だと感じる。へこむことも多い毎日である。

 また問い直し。今度は少しは早く再構築できるだろうか。

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育った気になった大人たちへ

 教師たちが学生たちと格闘しているこのときに、その問題の大きさに触れず、最近の若い者はと語る人々の多いことよ。それならば聞く。あなたはどれほどの人だったのかと。

 今の時代は厳しい。速度が優先される。本当はそうではないのだが。拙速なら巧遅よりましという判断がまかり通っている。

 楽をするために、富を得たい。そんな浅ましい想念が、街を埋め尽くす。そこから生まれる浅はかな作戦に目を覆いたくなる。

 最近になって国語教師の大村はま先生の言葉に触れる機会があった。彼女が繰り返し書いている内容に以下のようなものがある。

 「---あるとき、仏さまが道ばたに立っていらっしゃると、1人の男が荷物をいっぱいに積んだ車を引いて通りかかった。そこはたいへんなぬかるみであった。車はそのぬかるみにはまってしまい、男は懸命に引くけれども、車は動こうとしない。男は汗びっしょりになって苦しんでいると。仏さまはしばらく男のようすを見ていらしたが、ちと指先で車にお触れになった。その瞬間、車はスッとぬかるみから抜けて、男は車を引いて行ってしまった。---「男はみ仏の指の力にあずかったことを知らない。自分が努力して、ついに引きえたという自信と喜びで、その車を引いていったのだよ……」

 仏様の指のようになるのだと大村先生は決意されたということである。

 子供たちが自立することを中心とした教育。仏のように、神のように、子供たちに意識されずに彼らを慈しみ導くいうのは、自分の成果をアピールしなければいけない時代には確かに美学だろう。だからこそ、それが求められているのかもしれない。ここからは揚げ足取りになるかもしれないが、一言触れておきたい。教師が必ずしも感謝されなくてもよいというのは、行き過ぎると危険であるし、それこそ神や仏のみが成しうる所業ではないだろうか(最後まで読んでみると、わたしの浅はかな考えは萎んでしまったが…)。よい教師にめぐり合う幸運に恵まれ「最近の若い者は」という言葉が吐けるような育ち方が出来た者は、その恩恵を忘れている。教員は努力していないとのたまう。確かに一部はそうかもしれないが。しかし、人への敬意を忘れ、極端な価値観を持ち込み、それに沿わないものを切って捨てることに吝かでないというのはどうしたものか。そうのたまう彼らはついにそうやって、教育現場を破壊する。

 この国の人たちは神を持たないからか、神をも恐れぬ傍若無人か、人々を恐れる謙虚な人たちに二分されてしまう。その結果、神なくして神を知る謙虚な人々を愛し、その言葉を愛して已まないが、結果、盲目的になって、愛し過ぎ行き過ぎる人々を生むのだ。

 自立して生きることと、そのためには他者への感謝を欠くことはできないことが人生の両輪であることを、学徒らに指南していく必要があると思う。こんなことは当たり前だと思うかもしれないが、両方の言葉でもって説明しておきたい。そのためには、教師の言い分や現実を知ってもらうことも必要かもしれない。その意味では、私の母は偉かったと思う。我が家の、母の、辛さを語ってくれた。だから、私は萎縮した。しかし、最終的には、それを乗り越えて今に至っている。これはわたしの場合だけなのかもしれない。でも、あまりに計算尽なのも、また不自然に操っていることなのではないか。こんな考えは東洋的に過ぎるだろうか…。

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今ここに生きる

 時代と社会に無縁に生きることは難しい。ここにいつしか生まれ、今がある。それは自ら選んだことではない。

 その回避できない運命の下に、我々は生きている。場所を移ることはできても、時代を超越することは叶わないだろう。その運命を受け入れなければ、ただ取り残されるだけだ。


 ほぼ日で小論文について書いている山田ズーニーさんは、そのエッセイ( Lesson177 表現への動機が生まれるとき) で、自分と社会のかかわりにおいて自由はないが、しかし押し付けられる不自由を解釈してみると、それが自分の求めていたものにつながっていると述べている。そして、置かれている流れと、自分の発想とのギャップを次のように言っている。

 『私が書いたシナリオは、「まだやったことがないから、やってみたい」「未来」の方向を向いて、書かれていた。本人はそれは、興味関心があるだろうが、「やったことがない」で、いきなり勝負をかけるのは、素手でなぐりこみにいくようなものだ。一方、人が見ていてくださって、手を引いてくださったのは、私の「過去」だった。』

 結局、人が望まないことをしても意味がないということなのだ。もっと言えば、そのことをするまえに考えるべきは、それをあなたがして、社会に意味があるのかということである。あなたの経験・実績を踏まえて、展開してゆく。そのためには、孤独では厳しいということだろう。自分を見守ってくれる人とのかかわり。こんな視点は、引きこもってしまう若者たちには見えてこないだろう。


 こう書きながら、次のように言っているズーニーさんはわたしには良くわからない。

 『何か、不測の事態で、それまで一所懸命やってきた自分の経験や歴史が、そこから繰り出される未来が、外から、急に断たれようとするとき、そういうときこそ、自分という存在は、もっとも激しく生きようとして、美しい。』

 彼女が思いがけない異動を嫌って、会社を辞めたときのことを指しているのだが、なぜだろう。一辺倒にならず、あるときは自ら関わりを絶って、選択してみるのも悪くないということなのか。

 教官になる前、わたしは公的研究機関に居た。国策研究のため研究費を大量に投入していたそこでは、当時、研究でいい成果を挙げることが主眼にあった。そのため、わたしも仕事の上で必要な人とのかかわりを意識することはあったが、研究でいい結果を挙げることに躍起になっていた。求められることに集中でき、他の人が持たない技術を手に入れることが出来た。

 しかし、この技術は誰でも手に入れられるものではない。環境と時間がわたしに与えられたのだ。それは、わたしが元々望んだものではなかったにせよ、確かに私に根付いた。ここで時間を使うのだと信じていたように思う。

 その後、疑問を持ちつつも、人に求められ大学に移ったのはなぜだったろうか。

 仕事に就く前に、我々は長く学生という時間を過ごしてきた。この立場では、金を払う代わりに、責任を回避できるという特典を社会的に認められている。その間、無責任さのお陰で、たくさんの関心を自分の中に掘り起こしてきた。それは主として内面から外界へのアプローチであった。あくまで、個人的な取り組みである。

 そのお陰で、大学に来ても、学生の心理を含め、研究において人を指揮していくことにも関心が掘り起こされつつある。

 移った先で、好きにやって構わない。そういう環境ではある。ただし、これからは自己責任、自助努力。そこに踏み込んでしまった。

 果たしてこの選択はどうだったろうか。言われるがままに、人に押されるがままに、流され、前に進んでいるが、結論は数年後まで待たなければならない。

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予定調和

 以前、自治会の会長をしていたことがある。100戸に満たない県営団地のそれである。新しい街で、人の出入りが多く、地元意識は当然のごとく低い。そんな自治会だから、熱心なはずもなかった。しかし、わたしの責任感は、自分を行動に移らせていた。営繕への対応、草刈、ごみ集積所の清掃、蛍光灯の交換、各種連絡、公社事務局との対応などなど、意外に忙しい。わたしは一人身。他の人たちは、当初は逃げるようにして、わたしに押し付けてきた。しかし、もう意地になっていた。

 まず、しなければならないことを列挙し、一つ一つこなしていくことにした。特に、自治会の意思決定プロセスが不透明で、会員の間との意思疎通もできておらず、不満が鬱積していた。この種の仕事に消極的な人はともかく、積極的に関わってもいいと思っている人が不満を持っている状況は耐えがたかった。

 一人一人説得した。肩書きがこれほど便利だと思ったことはない。私なく自治会のためにしているんだという意識の下、率先して動けば、人もついてくる。号令一下、他の役員さんの協力も取り付けられるようになってくる。

 渉外事項も、会長という肩書きがあればOKだった。責任者として遇してくれる。対等の交渉ができた。他の人のためにするんだと思ったら、なるべくよい条件を引き出しておきたいから、落としどころも見えてくる。

 もともと自治会の仕事の評判はあまり良くなかった。だから、気負う必要がまったくなかった。だから、思いつきを実施することに躊躇がない。それらの仕事はすべてよい評価を得た。とても気持ちよく仕事ができた。その分、後の人が大変だろうけど…。

 初めは、厄介な仕事を押し付けられたという感覚だったが、世の中、役に応じた仕事があるし、それがしやすいように出来ているんだと思えた。予定調和。人がやっているんだから難しくない。難しければ相談したらいい。まあ、前の会長に相談したら、あんまりネガティブなので、嫌になって自分で決めていくことにしたんだけど。これだって、相談として役には立っている。決意ができたんだから。

 自治会長が偉いとは思わないが、でも、私なく皆のためにする仕事の心地よさを味わった。今度は一気に議員にでも立候補してみるか。

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反省の落とし穴

 自らを省みることはとても意義深い。しかし、一方で危険性も孕んでいる。対人関係において発生する問題は、必ずしも自分の内面にあるわけではなく、相手の側に問題が潜んでいる可能性があるということである。わたしが子供の頃、「お前が悪い」、「そんなことではいけない」、とたびたび母に叱られた。その原因を求めて、幾ら自分を掘り返してみても、徒労に終わることがあった。自分の根源的な欲求を否定されていたときである。そして、そんな欲求自体を持ってしまう自分を責め続けることになった。ストイックに生きることを自然に目指していた。

 わたしの場合は気がつかず時を過ごしたが、そんな関係からは逃げ出したほうがいい。しかし、異性であれ同性であれ、その相手が好きなのであればそこにのめり込んで、ともにその内面を抉り出して、問い直してみるべきなのかもしれない。大変なエネルギーが必要だが、それを乗り越えなくては、なにも変わらないから。

 その場合の作戦は「相手の気持ちを汲む」というところにしか多分ないのではないだろうか。この言葉は、精神医学者の中井久夫先生の精神病の治療に関する文章からの引用である。精神病と一緒にするなと言う人もいるかもしれないが、わたしはそうは思わない。精神医学の本を幾つか読んできたが、特に先生の本に書かれているのは、普通で当たり前の人への愛であるような気がしている。お節介でない配慮こそがそこでは意味を持つように思える。

 しかし、そんな問題に振り回されるというのも、なにか侘しい気がしないでもない。自分の限られた人生をよりよく生きたいと考えているわれわれにとって、この問題の前に横たわっているのは一体なんだったのだろう。実現したい事々がある。そんな自分の夢ってなんだったのだろうか。この問題が根深いと思えたときに、迷いの中にあったわたしは、研究に対する自分の集中を取り戻すことができていた…。

 それにしてもなんでこうやって、人の事を考えてしまうのか。どうしてわたしは人が好きなのだろう。そして、わたしはどんな人を好きになるのだろうか。

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表現するものは理解される

 この前映画館に来たのはいつだったろう。本当に久しぶりだ。自主的ではなくて学生に誘われてなのだが…。北野武監督の「座頭市」である。

 評判が高くて、ベネチア映画祭でも賞を受け、さまざまな評価を耳にしなかったわけではない。しかし、そんなことを気にすることなく、私も好きなあのたけしの映画を観たいと思った。

 漫才ブームの頃から、私も笑いには関心があった。自分を道化にしたり、他者を道化に仕立てたり。ユーモアのセンスがなかった私も、いろいろと学ばせてもらった。

 なんでも一生懸命。徹底的。そんなやんちゃなおじさんにみんな惹かれているのは事実でしょう。わたしもそうですから。でもたけしの映画は実はあまり観ていない。

 そんな背景でもって、観に行きました。


 革新的な時代劇とかなんだとかは関係なく、一人の孤独な人間が、つるんではいるもののやはり孤独な人間たちと争う。そして、その周りにいる愚かで翻弄されるが、それはそれで愉しく生きる人々という、人生観の対比で観てしまった。

 もう、たけしも今や、その辺の人たちとは違う地平に出てしまっている。多分、彼を理解する人なんて滅多にいやしない。しかし、彼は表現を続けている。

 そして、それをさまざまの仕方で解釈し理解しようという人たちがいる。評論家や観客たちである。その感想に違和感を覚える場面が多々あるのではないか。たけしにとってはそれで充分で満足なのだろうか。

 座頭市も、悪役たちも、皆孤独な人生を生きている。その、自分の行く末を固めた生き方の格好よさといったらない。悪役であっても、なんであっても、自分のあり方を極め、他者との緊迫感の中に生きている。

 それはタップダンスに興じる大衆と対極にある。しかし、そのメンバーの中に、恨みで生きてきた姉弟が加わることは何を意味しているのか。

 わたしも結局、こうやって人の表わしたものを、私の勝手な枠組みで解釈するだけなのだ。


 わたしも自伝的なものをまとめてみている。時間がかかってなかなか進まないが、いろいろなことがわかってきた。理解してもらうことを重視すると、過剰になり、せっかくの切迫感などが失われてしまう。かといって、思いのまま綴ると、独り善がりの意味不明に陥ってしまう。

 映画の可能性と厳しさを両方感じた。序盤の伏線の張り方や状況説明の簡潔さは、小説にはなかなか得がたい。しかし、一緒に行ったある人が中だるみを指摘していた。わたしにはそのことは感じられなかったが、大団円に持っていくには、それでは不十分で、中だるみとも思えるくどい表現が必要なようだ。とはいえ、挿話と伏線の配分をどのようにするかは、観客の想像力によって大きく配合が変わってくる。自慰的な作文を繰り返している自分には、今のように評価をしてもらえない状況では成長がない。もっと、自分をさらけ出して、コメントしてほしい気もしている。

 そんな表現者たちの愉しみを共有したいという意を強くした。


 こんな風に、思いを綴りたい気持ちがあって、それを皆に伝えたい気持ちがあるのだけれど、学生たちのような明らかに立場の違う人たちがお説教みたいに聞こえかねないこんな話を、もう少しすっきりと聞いてくれる、あるいは理解しようとしてくれるためには、どうしたらいいのだろうか。

 このように匿名で書いても、結局それはなかなか彼らには伝わらないだろう。説教くさいわたしが傍らに居て、その上にさらにこの種の文章を読まされるとしたら、彼らにはかなり苦痛ではないか。

 思いのたけをここに綴って、いつでも読んでみてねと言うだけにして、普段はそんなことはおくびにも出さないなんていう芸当ができるだろうか。

 最近のたけしは、「TVタックル」でもあんまり偉そうなことを言わなくなったような気がする。映画という新しい表現方法を手に入れて、それに語らせているからだろうか。

 彼の人となりやその考え方を身近に感じられる人たちにとって、彼はどんな存在なのだろうか。




 2004年の年始は、TVで映画三昧だった。とくにたけしの映画は3本ほど見た。そこで思ったのは、この文章は「表現しなければ理解されることはない」というタイトルの方が良かったかもしれないということだった。理解してもらおうという気持が無ければ理解してもらえないが、理解しようという気持が無ければ理解できないということでもあるから。

 映画を観客の側から見ると、金を出すから喜ばせてくれという受身の感覚も在り得る。それでも喜ばせてくれる映画って確かにすごいのだけれど、それってコミュニケーションじゃない。まあ、普通の映画って、別に監督とのコミュニケーションじゃないのかもしれないし、そうしないと商業ベースに乗らないことは自明だろうからいいんだろう。そして、映画監督って、最初はそのジレンマに悩まされるけど、だんだん名前で映画を作れるようになって、思い通りにできるようになって、つい思うがままにしてしまったりもする。そうすると、初期は面白かったのに、だんだんつまらなくなってきたとか言われることもあるんだろうな。でも、監督とのコミュニケーションという観点からすると良かったりするのかも。

 でも、どちらがその人を表わしているのだろう。結局ここに舞い戻ってきてしまう。思うがままこそが現実だという、ルールにしたいんだけどね。

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神の概念と日本人

 以前、インドネシアからの留学生との会話の中で、「神」という概念に対する日本人の違和感を意識した。ふと、あるWebページを見ていると、ユダヤ人と日本人を対比させて、日本人の特殊性について書いた本の書評が目に留まる(イザヤ・ペンダサン著、山本七平訳「日本人とユダヤ人」、「日本教について」)。それを見て興味を持ったが未だ読んではいないその本には、「日本人の究極の概念は、神よりもまず人間であり、神を人間に近づける形でしか日本人は神を理解できない」というような主張が書かれているらしい。

 その留学生と話していて思ったのは、われわれはどうしても神という言葉から、人間的なものを感じ取ってしまう。というより、神の中においても人間を見出そうとしてしまっていた。このことは意外であった。日本の神道は、決して彼らのイスラムのような、同じくキリストのような神を崇拝するのではない。神格化という言葉が使われるように、われわれの身近にあることごとを人格化し、さらに神格化して神と呼ぶのである。古事記を読めばそこに書かれているが、その神たちは限られた能力しか持たず、その意味で人間と対比できるものであり、おろかな行為さえする。であるからこそ、人間も神になりうる。菅原道真などが良い例である。もちろん、現人神としてあった天皇も。

 それは、新興宗教においても変わりない。アメリカの宗教番組を見ると、彼の牧師らもその気がないではなさそうだが、日本の宗教家はそのルーツがなんであれ、自分自身が日本で言う神になろうとする。そして、その活動は、布教活動にも明らかなように、あくまで人間関係を駆使したものなのである。神、つまりはわれわれには自由にならない何がしかの力の前には何者も平等であるという考えがないから、絶対的な力、絶対的な運命の前に屈服することがない。従って、機会の平等という考えは受け入れられない。人間を苦しめるこの世の問題の多くは、あくまで、人間の関係であって、それの解析によって解消可能であると考える。しかし、それは同じように、人間関係によって諦めざるを得ないことをも意味する。人の問題設定でさえも、人間との関係である。科学研究において何をすべきか。それは、人間関係で決まる。わたしたち日本人は、神によって生かされ、そして死んでいくのではないから、他者に依存し、阿って、自分の生き場を許される。そうやって生き延びたものが、今度は依存され、阿られ、若者たちに生きる場を許す。こうして日本人は、権限を持つものと持たざるものとに二分される。いわゆるタテ社会である。

 そもそも世界とは不合理なものだが、唯一神を頂く社会では、その不合理さを神に委ねることで不条理とし、人間たちの不合理さを浄化している。このことは、彼らを生き易くしている。しかし、われわれ日本人は、その不合理を自らで引き受けている。もっと正確に言えば、主権者が最終的に不合理さを背負わされ、汚れ、地に落ちるのだ。しかし、人は常に死んでいくので、常に新しい主権者が補給される。彼らは酷使され、その途上で絶命しない限り、神にはなれない。希薄な自己に対する意識。これこそが、日本の歴史の根源ではないだろうか。

 この国では、深い他者理解こそが、他者に、さらに言えば社会に受け入れられるという幻想を持っている。あるいは、それが叶わぬとして、諦めに人生を包む。

 高々、人間の運命を決めたとて、神の前にはひれ伏すしかない。戦争になっても、ある意味、厭戦の感覚は個人的なものに過ぎない。結局は、その意味では日本も諸外国も変わりはない。個人にゆだねられるか否かという、最も極端な選択においては。

 このことを逆に利用できないだろうかと考えてしまう。しかし、これまでの様相を見ても、ただブームという名の一過性の病に過ぎないのだ。そうやって、生きるに十分な富を得たブームの創造者は、一人穏やかな人生を歩んでよしとする。

 この絶対的に不安定な人間に基づくしかありえないという考え方は、われわれ日本人を不幸にしている。絶対的な力の前に無力な一神教徒たちは、今ある環境を楽しく生きるしか道がないことを知っている。しかし、一方でわれわれは、自助努力が足りないから幸せになれないのだと考えている。つまりは、運命を目の前にしても、諦めることができないのだ。だからこそ、自助努力の結果としてその地位にいるヒーローやヒロインたちは神格化され、熱狂的な人々を生み出す。そろそろ分け知っても良さそうな若者たちが、プロ野球選手やタレントにあこがれるのは、必ずしも万国共通ではない。わが国の彼らのこの感覚は、純粋で、不良たちにも共感を持つ、そういった、生き方である。それは未熟なのではなく、この国では見出せない「神」に出会うことを期待した生き方であるのだが、既に、努力の結果見出されると感じている点で毒されてしまっている(もちろん努力が実る事だってあるのだが)。彼らの逃げ場はもうない。不幸にも、親たちと同じ運命をたどるしかないのだ。そして、諦念に人生を包む。

 とはいえ、われわれ日本人はこの構造から抜け出す必要などないのかもしれない。グローバル化の波の中で、われわれの独自性は既にここにしかないのではないだろうか。とはいえ、近年の社会変革に伴う個人改造が作り出した不器用なまでに徹底した個人主義は少しずつこれを解消していくのか。多分、無理だろう。自然、世界という自由にならないものに対する敬意がないこの大多数は、既に、力であり、その共鳴によって生きている。民主主義を得てしまったこの社会から抜け出すためには殲滅しかない?そんな不毛さでなく、この国が、それを背負いながらも、生きるすべを探すべきだろうが…。

 わたしの不安が、このような神のいない国「日本」の中にあって、その違和感から生じてきているとしたら、どうだろうか。わたしはどうやって、この囲みを破って、心から気持ちよいと思えるだろうか。わたしの行動や考え方に意見し、それは普通ではないというのはどうしてか。その源泉を捕まえなければ、わたしの安寧は得られないだろう。


 最近、わたしは2つの問題について考えている。

 日本人の極端さがどこから来るのかについて考えている。

 また、「公としてのわたし」と「私としてのわたし」をどのように配合していくかについて考えている。

 これも、日本人の世界観から来るのかもしれないと考えたくなるのだ。これも、日本的な発想だろうか。

 極端さ。これは、意識と無意識の区割りの中で、どのように生きるかということに還元できるのではないだろうか。

 一人の人間が意識的に何かの事柄を行うときにも常に、一方で意識されない事柄があるだろう。それは気づかないということであるが、その気づかなさを共有しなくても、相互に補い合うことによって、生かされている。このことが自由な意思の共存である。神の前では、何人も平等であり、その生き方を非難されたりはしない。いや、非難はされるが、それによって人格を否定されることはない。

 20年くらい前だろうか、東北大の西澤潤一先生の仕事についてTV番組が放映されていた。当時中学生の私はその番組に見入っていた。その仕事へ傾注するエネルギーに心を打たれたのだ。そこでは、西澤先生の新理論に対する日本の学会の受け止め方について触れていた。ノーベル賞学者の打ちたてた半導体理論に意義を唱えた先生の説を、日本の学者は受け入れようとしなかった。しかし、欧米の研究者たちは、率直にそれに賛意を示したという。

 科学の問題が新たに起こるというとき、日本ではそれを受容するかどうかは、集団の共通無意識としていかにかという、科学とは別の次元の問題で動く。それは、現状の安易な肯定という、日本的な社会観にある。


 資源のない国が求める豊かさ。資源がなくとも、ものがなくとも豊かに生きる術を開発していくことができないのだろうか。江戸時代以前を考えてみれば、このような世界規模でのエネルギー依存体質とわれわれは無縁だったはずだ。

 薪をくべ、菜種油を絞り、必要なだけのエネルギーは手に入れることができた。

 既にわれわれは原子力まで使って、エネルギーを搾り出している。自らの国にないそれらの資源を手に入れるため、戦前はアジアの諸国を、戦後は労働者たちを搾取し、切り売りした。今はどうか。労働者が全国民になったのではないだろうか。皆が、楽しみを捨て、目の前の狂乱の後の負債の整理に躍起になっている。これが済めば楽しい時間がやってくるのだと。これは子供の教育とも関係している。小さいころ苦労をすれば、後が楽だろうと。そうやって耐え忍ぶことになれたわたしたちは、相も変わらず、そんな苦行を人に強いている。そして、その共同幻想を振りかざして、自らばかりでなく、他者をも苦行に貶め、満足するのだ。

 われわれが神を持たないとして、それがどうしたというのだ。そのことを誇り高く語り、そして生きていけるようなそんなあり方を模索したい。それは、日常の中にあるのだと信じている。


 その後、山本七平氏の著作等を読む機会があった。そこには恐ろしくも、確固たる事実が書かれていた。以下、幾つか取り上げてみたい。

 三島由紀夫の割腹事件における周囲の反応について、司馬遼太郎氏の批判を引用している。「思想というものは、本来、大虚構であることをわれわれは知るべきである。思想は思想自体として存在し、思想自体として高度の論理的結晶化を遂げるところに思想の栄光があり、現実とはなんのかかわりもなく、現実とはかかわりがないところに繰りかえしていう思想の栄光がある。ところが、思想は現実と結合すべきだというふしぎな考え方がつねにあり、特に政治思想においてそれが濃厚であり(と氏は書いていますが、私はむしろ、日本では、「政治においてそれが露呈する」と考えます:著者注)、たとえば吉田松陰がそれであった。」

 嗚呼と唸ってしまった。研究者の生き方というのは、思想を現実とどのように合一させられるかというところにあったと思われるし、わたしもそれを実践してきたつもりであった。しかし、ここではそれがあっさり否定されてしまっている(司馬氏は科学とイデオロギーは別のものだと言ったかもしれないが)。虚としての思想を構築するのが科学だとするなら、それを批判することはた易いし、決して批判によっても罪悪感などはおきないものである。先に書いた西澤先生の思想の受け入れが、国内では速やかにはなされなかったのは、ここにあるのではないか。キリスト教国では、科学は人間の営みであって、神に迫ろうとするものであるが、不完全な人間であるから、そこに至れないことは、彼らにはわかっている。日本では、最近の科学論(村上陽一郎先生らの成果として)科学は現実を説明するための仮説に過ぎない点が強調されてきている。これを強調せねばならないのは、われわれが、絶対をわれわれのなかで解釈しなければならないからではないだろうか。われわれは、科学を金科玉条のごとく受け取っているのではない。また、欧州の価値観を絶対だと思っているわけでもない。

 また、ここでわたしが政治に期待する理由がここに明らかにされてしまっていた。思想と現実の一致こそ、わたしの理想とするところであって、それを実現するには政治こそがもっとも主要な手段であるから。そうではあるが、この国ではそのような考え方は決して多数派ではないということがここに述べられている。わたしの苦悩の源泉は結局ここにあるのだ。政治家になりたいと嘯いているが、こういう理由なのだ。

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