以前、インドネシアからの留学生との会話の中で、「神」という概念に対する日本人の違和感を意識した。ふと、あるWebページを見ていると、ユダヤ人と日本人を対比させて、日本人の特殊性について書いた本の書評が目に留まる(イザヤ・ペンダサン著、山本七平訳「日本人とユダヤ人」、「日本教について」)。それを見て興味を持ったが未だ読んではいないその本には、「日本人の究極の概念は、神よりもまず人間であり、神を人間に近づける形でしか日本人は神を理解できない」というような主張が書かれているらしい。
その留学生と話していて思ったのは、われわれはどうしても神という言葉から、人間的なものを感じ取ってしまう。というより、神の中においても人間を見出そうとしてしまっていた。このことは意外であった。日本の神道は、決して彼らのイスラムのような、同じくキリストのような神を崇拝するのではない。神格化という言葉が使われるように、われわれの身近にあることごとを人格化し、さらに神格化して神と呼ぶのである。古事記を読めばそこに書かれているが、その神たちは限られた能力しか持たず、その意味で人間と対比できるものであり、おろかな行為さえする。であるからこそ、人間も神になりうる。菅原道真などが良い例である。もちろん、現人神としてあった天皇も。
それは、新興宗教においても変わりない。アメリカの宗教番組を見ると、彼の牧師らもその気がないではなさそうだが、日本の宗教家はそのルーツがなんであれ、自分自身が日本で言う神になろうとする。そして、その活動は、布教活動にも明らかなように、あくまで人間関係を駆使したものなのである。神、つまりはわれわれには自由にならない何がしかの力の前には何者も平等であるという考えがないから、絶対的な力、絶対的な運命の前に屈服することがない。従って、機会の平等という考えは受け入れられない。人間を苦しめるこの世の問題の多くは、あくまで、人間の関係であって、それの解析によって解消可能であると考える。しかし、それは同じように、人間関係によって諦めざるを得ないことをも意味する。人の問題設定でさえも、人間との関係である。科学研究において何をすべきか。それは、人間関係で決まる。わたしたち日本人は、神によって生かされ、そして死んでいくのではないから、他者に依存し、阿って、自分の生き場を許される。そうやって生き延びたものが、今度は依存され、阿られ、若者たちに生きる場を許す。こうして日本人は、権限を持つものと持たざるものとに二分される。いわゆるタテ社会である。
そもそも世界とは不合理なものだが、唯一神を頂く社会では、その不合理さを神に委ねることで不条理とし、人間たちの不合理さを浄化している。このことは、彼らを生き易くしている。しかし、われわれ日本人は、その不合理を自らで引き受けている。もっと正確に言えば、主権者が最終的に不合理さを背負わされ、汚れ、地に落ちるのだ。しかし、人は常に死んでいくので、常に新しい主権者が補給される。彼らは酷使され、その途上で絶命しない限り、神にはなれない。希薄な自己に対する意識。これこそが、日本の歴史の根源ではないだろうか。
この国では、深い他者理解こそが、他者に、さらに言えば社会に受け入れられるという幻想を持っている。あるいは、それが叶わぬとして、諦めに人生を包む。
高々、人間の運命を決めたとて、神の前にはひれ伏すしかない。戦争になっても、ある意味、厭戦の感覚は個人的なものに過ぎない。結局は、その意味では日本も諸外国も変わりはない。個人にゆだねられるか否かという、最も極端な選択においては。
このことを逆に利用できないだろうかと考えてしまう。しかし、これまでの様相を見ても、ただブームという名の一過性の病に過ぎないのだ。そうやって、生きるに十分な富を得たブームの創造者は、一人穏やかな人生を歩んでよしとする。
この絶対的に不安定な人間に基づくしかありえないという考え方は、われわれ日本人を不幸にしている。絶対的な力の前に無力な一神教徒たちは、今ある環境を楽しく生きるしか道がないことを知っている。しかし、一方でわれわれは、自助努力が足りないから幸せになれないのだと考えている。つまりは、運命を目の前にしても、諦めることができないのだ。だからこそ、自助努力の結果としてその地位にいるヒーローやヒロインたちは神格化され、熱狂的な人々を生み出す。そろそろ分け知っても良さそうな若者たちが、プロ野球選手やタレントにあこがれるのは、必ずしも万国共通ではない。わが国の彼らのこの感覚は、純粋で、不良たちにも共感を持つ、そういった、生き方である。それは未熟なのではなく、この国では見出せない「神」に出会うことを期待した生き方であるのだが、既に、努力の結果見出されると感じている点で毒されてしまっている(もちろん努力が実る事だってあるのだが)。彼らの逃げ場はもうない。不幸にも、親たちと同じ運命をたどるしかないのだ。そして、諦念に人生を包む。
とはいえ、われわれ日本人はこの構造から抜け出す必要などないのかもしれない。グローバル化の波の中で、われわれの独自性は既にここにしかないのではないだろうか。とはいえ、近年の社会変革に伴う個人改造が作り出した不器用なまでに徹底した個人主義は少しずつこれを解消していくのか。多分、無理だろう。自然、世界という自由にならないものに対する敬意がないこの大多数は、既に、力であり、その共鳴によって生きている。民主主義を得てしまったこの社会から抜け出すためには殲滅しかない?そんな不毛さでなく、この国が、それを背負いながらも、生きるすべを探すべきだろうが…。
わたしの不安が、このような神のいない国「日本」の中にあって、その違和感から生じてきているとしたら、どうだろうか。わたしはどうやって、この囲みを破って、心から気持ちよいと思えるだろうか。わたしの行動や考え方に意見し、それは普通ではないというのはどうしてか。その源泉を捕まえなければ、わたしの安寧は得られないだろう。
最近、わたしは2つの問題について考えている。
日本人の極端さがどこから来るのかについて考えている。
また、「公としてのわたし」と「私としてのわたし」をどのように配合していくかについて考えている。
これも、日本人の世界観から来るのかもしれないと考えたくなるのだ。これも、日本的な発想だろうか。
極端さ。これは、意識と無意識の区割りの中で、どのように生きるかということに還元できるのではないだろうか。
一人の人間が意識的に何かの事柄を行うときにも常に、一方で意識されない事柄があるだろう。それは気づかないということであるが、その気づかなさを共有しなくても、相互に補い合うことによって、生かされている。このことが自由な意思の共存である。神の前では、何人も平等であり、その生き方を非難されたりはしない。いや、非難はされるが、それによって人格を否定されることはない。
20年くらい前だろうか、東北大の西澤潤一先生の仕事についてTV番組が放映されていた。当時中学生の私はその番組に見入っていた。その仕事へ傾注するエネルギーに心を打たれたのだ。そこでは、西澤先生の新理論に対する日本の学会の受け止め方について触れていた。ノーベル賞学者の打ちたてた半導体理論に意義を唱えた先生の説を、日本の学者は受け入れようとしなかった。しかし、欧米の研究者たちは、率直にそれに賛意を示したという。
科学の問題が新たに起こるというとき、日本ではそれを受容するかどうかは、集団の共通無意識としていかにかという、科学とは別の次元の問題で動く。それは、現状の安易な肯定という、日本的な社会観にある。
資源のない国が求める豊かさ。資源がなくとも、ものがなくとも豊かに生きる術を開発していくことができないのだろうか。江戸時代以前を考えてみれば、このような世界規模でのエネルギー依存体質とわれわれは無縁だったはずだ。
薪をくべ、菜種油を絞り、必要なだけのエネルギーは手に入れることができた。
既にわれわれは原子力まで使って、エネルギーを搾り出している。自らの国にないそれらの資源を手に入れるため、戦前はアジアの諸国を、戦後は労働者たちを搾取し、切り売りした。今はどうか。労働者が全国民になったのではないだろうか。皆が、楽しみを捨て、目の前の狂乱の後の負債の整理に躍起になっている。これが済めば楽しい時間がやってくるのだと。これは子供の教育とも関係している。小さいころ苦労をすれば、後が楽だろうと。そうやって耐え忍ぶことになれたわたしたちは、相も変わらず、そんな苦行を人に強いている。そして、その共同幻想を振りかざして、自らばかりでなく、他者をも苦行に貶め、満足するのだ。
われわれが神を持たないとして、それがどうしたというのだ。そのことを誇り高く語り、そして生きていけるようなそんなあり方を模索したい。それは、日常の中にあるのだと信じている。
その後、山本七平氏の著作等を読む機会があった。そこには恐ろしくも、確固たる事実が書かれていた。以下、幾つか取り上げてみたい。
三島由紀夫の割腹事件における周囲の反応について、司馬遼太郎氏の批判を引用している。「思想というものは、本来、大虚構であることをわれわれは知るべきである。思想は思想自体として存在し、思想自体として高度の論理的結晶化を遂げるところに思想の栄光があり、現実とはなんのかかわりもなく、現実とはかかわりがないところに繰りかえしていう思想の栄光がある。ところが、思想は現実と結合すべきだというふしぎな考え方がつねにあり、特に政治思想においてそれが濃厚であり(と氏は書いていますが、私はむしろ、日本では、「政治においてそれが露呈する」と考えます:著者注)、たとえば吉田松陰がそれであった。」
嗚呼と唸ってしまった。研究者の生き方というのは、思想を現実とどのように合一させられるかというところにあったと思われるし、わたしもそれを実践してきたつもりであった。しかし、ここではそれがあっさり否定されてしまっている(司馬氏は科学とイデオロギーは別のものだと言ったかもしれないが)。虚としての思想を構築するのが科学だとするなら、それを批判することはた易いし、決して批判によっても罪悪感などはおきないものである。先に書いた西澤先生の思想の受け入れが、国内では速やかにはなされなかったのは、ここにあるのではないか。キリスト教国では、科学は人間の営みであって、神に迫ろうとするものであるが、不完全な人間であるから、そこに至れないことは、彼らにはわかっている。日本では、最近の科学論(村上陽一郎先生らの成果として)科学は現実を説明するための仮説に過ぎない点が強調されてきている。これを強調せねばならないのは、われわれが、絶対をわれわれのなかで解釈しなければならないからではないだろうか。われわれは、科学を金科玉条のごとく受け取っているのではない。また、欧州の価値観を絶対だと思っているわけでもない。
また、ここでわたしが政治に期待する理由がここに明らかにされてしまっていた。思想と現実の一致こそ、わたしの理想とするところであって、それを実現するには政治こそがもっとも主要な手段であるから。そうではあるが、この国ではそのような考え方は決して多数派ではないということがここに述べられている。わたしの苦悩の源泉は結局ここにあるのだ。政治家になりたいと嘯いているが、こういう理由なのだ。
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