« October 2007 | Main | December 2007 »

一過性の気分と本音

 つい漏れてしまったこと。

 それこそが本音なんだって思っていた。普段隠れていた根の部分が垣間見えた瞬間だと理解していた。

 でも、人の心はそれほど単純なものでないだろうと今は思う。

 自分も、思い通りにならないことごとを都合よく考えたくなってしまい、それがふと漏れてしまうことがある。

 それ思い返すとき、ああ相手のことを自分の都合で解釈しているのだなと気がつくことがある。

 今晩も同じ過ちを犯した。

 事実の本当の重みを、経験していないわたしは理解することは出来ないのだろうか。

 そういうことがわかる大人になりたい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

うつとはなんなのか

 あることがきっかけとなって、うつ病について初めて調べてみた。

 精神的に不調だった学部生の頃、自分は統合失調症ではないかとか、強迫神経症だろうとか、ある種の人格障害ではないかとか、勝手な自己診断をしていた。しかし、なぜかうつについては考えたこともなかった。

 いわゆるうつ病は、すべての活動への関心・興味の著しい減退がみられるのが、診断基準のひとつであるが、わたしにとって大学生活は、研究者への道の途上にあって、決してすべての関心興味の減退であるはずがなかった。

 しかし、対人恐怖的な問題は確かにあって、それは生活史におけるイベントに端を発していて、一過性の心因的ストレスによるものであることは明らかだった。

 道の途上にあったせいか、平素に自殺したい気分はなかった。しかし一度だけだが、よく見る悪夢によって、突発的に3階の自宅ベランダから飛び降りようとしたことがあった。

 それらを総合的に考えると、非定型うつ病の気配が感じられなくもない。

 わたしは、その後もずっと、心を掘り下げる読書や映画鑑賞に時間を使った。そして、そのときに心に浮かんだことを日記につけ、そして、その無自覚な思考パターンを意識の俎上にのぼせることを繰り返した。それはここに何度も書いてきたことであるが、まさに認知療法を知らず知らずに自発的に行っていたことになるのではないかと思う。

 であるとするなら、自分はうつから回復したのだということも出来るのではないかと思う。

 そんなわたしが思うのは、心因的なストレスによって低下せざるを得なかった脳機能の回復とは、そのストレス原因を、掛け値なく、正面から見つめなおすということだったのだと思う。

 そんな出来事を経て、今でも人の心に関心がある。その関心が薄らぐことはないように思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

先入観と愛

 物事を先入観で処理する。
 これは、単純でいい。
 どうせこんなことなんだろう。どうせこんな人なんだろう。どうせ僕なんて。
 それでも生きていけるなら、ただそれだけのことだ。

 以前にも先入観についてはあえて挑発的に書いた。
 それがわかってもらえなくて、批判的なコメントをもらったものだった。そんなに単純じゃないって。

 単純でないことぐらいわかってる。単純じゃないから大変なんだ。超えられないんだ。

 ある実験。初期的な処理をした結果、思い通りには行かなかった。
 その人は、だから駄目だという。

 本当に求めるなら、そんなことだけで駄目だなんていえないと思う。
 それにしがみつく。駄目かもしれないなんていえないはず。

 その試料に愛情があるなら、そんな簡単にいえないだろうって、ある人からコメントをいただいた。

 本当にそうだと思う。ただ、それをものとしてしか見ていないのではないか。その背景に、その試料の調製に、どれほどの人の想いとコストがかかっているか。

 とはいえ、それを感じられないこと自体、どうしたらいいのだろう。
 その方の考え方の問題だ。ちょっと手を出してみてうまく行かなかったら仕方ないよねって。

 それでもやっていけるのなら、それは幸せだ。
 その幸せを崩す必要はないのかもしれない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« October 2007 | Main | December 2007 »