同調と調和
波長が合う。
そういう関係はあるものだ。実際、プライベートでも、職場でも、そういうことがあるのは感じる。それによって、ともに高めあう関係が作れることがある。それは、位相があっているというべきだろうか。
しかし、波長が合っても、位相がずれ始めると、却ってよくない事態を招くことになる。
それが同調の怖いところかもしれない。でも、そもそも波長が合っていないと、そんな関係はつくれない。だからこそ、よくない事態からの回復には、単純にも時間しかないようにも思える。
同調とは違った言葉に、調和がある。
調和は、異質な要素が複数からみあって、渾然としながら、なにか一体的な様相を呈するのだろう。これにはたぶん、3者以上の絡まりあいがいるんだと思う。要素が増える分だけ、安定性の構築にはより困難度が増すのかもしれないが、いったん形成された安定には、絶妙のバランスが働いて、破綻しくい可能性もある。
それを思うと、核家族と複数世代の家族の間に、それぞれの問題点が垣間見える。自分の性格を単純化しないことは、その意味で同調と調和の間をつなぐことになるのかもしれないと、ふと思った。


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