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先天と後天

 在庫一層セール。

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 体の病と同じように、心の病にも先天性な側面や後天的なものがあったりする。

 何回も引用しているように、Marxの19th century...では、どうにもならない歴史を背負いつつ人は歴史を作っていくということを説く。

 それは、社会のレベルだけでなく、個人レベルでも十分に問題になる。遺伝的な体質は親からの頂き物であるし、他方、教育によっても生活習慣を始めとするさまざまな病が起こりうる。ここで言う生活習慣による病とは、生理的なもののみを意味しない、精神的なものをもである。

 いずれにしても、幸か不幸か背負ったなにがしかを携えて、前に進むほかはない。最近、人格障害(Personal disorder)についての本を読んだ。研究室に顔を出す学生諸子の抱えている問題の中には、精神的なものも少なくない。彼らが背負った問題のいくつかは根深く、とても研究どころではないこともある。彼らを無視して進めていいのなら、わたしも楽なのだが、果たして何が求められているというのかがわからないと前に進めない気質のわたしには、とても看過できない。

 そういう人に向かって、前向きに生きろというのはたやすい。しかし、そう直接言うことが、効果をもつとは思えない。そんな言葉でどうにかなるのなら、疾うにどうにかなっている。それが分からないくらいダメージを受けているのだ。だからこそ、かける言葉には、人を導くという責任ある態度について伝わるなにかが欲しい。

 ところで、わたしにはMarxの謂いが未だに信じられない。ここに書かれていることは、理知によって社会を望むように理想的に作る作業からは程遠いことだと思われる。その壮大な試みを、一体どれだけの時間を掛けて行おうとしたのだろうか。それとも、パンドラの匣を開けてしまった以上、我々の進む道はいずれそこに到達するということだったのかもしれない。だったら、実行した者たちの性急な革命ってなんなのだ。所詮、人は一世紀に満たない時間を生きるしかなく、そこで結論を出すことに躍起になるということなのか。

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