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ある種の「諦め」を知らない恐れ知らずの人たちへ

 現実を超えて、理想郷を打ち立てる。なんとも、自らの美学と冒険心を満たす行為だろう。

 運がいいのか、悪いのか。人の心に潜む、自分では超越できない他者のさまざまの思いに、幼い日に私は晒された。その上で自分にとってよいと思えることが必ずしも実現できないということに直面させられた。であるがゆえに、ある種の期待には諦めを持って処し、しかし、現実が許す違うところで自分を生きた。
 現実はまず受け入れた。逃避は出来なかったから。そのうえで自分の責任で、自分に関わる諸問題を片付ける。それが自分で出来ないのなら、仕方がない。それを人に押し付けることはできなかった。いや、したくなかった。

 そうやって生きたわたしは、人からは冷徹でつまらない人間だと思われたろう。派手ではない。孤高で、必要なことを成した。

 そんな制約の下、出来ることを成していくほかないが、その過程で自分を表現することが出来ることを知った。わたしなりの色をつけて、物事を処していった。私が漁るように読んだ辻邦生先生の著作に出てくる人々は、そのことを良く知っているように見えた。

 そんなわたしにとって、今ある現実を超えたところに、理想社会を見出すように見えたマルクス主義は、わたしの心には響かなかった。しかし、私はマルクスを勉強したわけではない。誤解も含まれていよう。


 そんなとき、とあるウェブページを見た。

 マルクスは現実逃避で理想郷の構築を考えたのではなかった。マルクスの歴史観は、どこかで読んだような気がしたが、そのときでさえ、現実主義者としてのマルクスには気付かなかった。


 現実から目をそむけ、いや対峙して現実を自分の思うがままに崩壊させ、意のままの世界を作りたい。自分は能力があるし、頑張っていると。
 そんな極端ではなくても、適当な敬意を受けつつ、世界を小さく切り取って生きれば構わないんだとか思いたい向きもあろう。それでさえ、大きい小さいの差こそあれ、思うが侭ということであろう。
 どちらも、自分で自分を生かしていない若者であるがゆえの安易な思い込みである。これは悪いが断言させてもらう。「今の若者達は…」のエッセンスは、ここにあるのではないだろうか。 
 そんな偉そうな大人たちだって、若い頃は似たようなものだった。しかし、この永遠の真実に、屈せよといっているわけではない。それに屈しないで、初心を保つことはそれほど容易ではないということである。

 目指す世界を、この混沌の中に構築しようではないか。そのためには、世界を正しく理解しようという気分がなければ叶わない。でなければ、それは偶然というものだ。

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傷つけ傷つけられる係わり合い

 とある掲示板に書き込んだ。その主の物言いには、人を傷つけるものもしばしばあった。わたしは、それに反応したかった。私にとって教え子という名の知り合いである彼のその表明は、人を傷つける覚悟を持って、周囲と関わることに臨んでいることを意味するものだと客観的には思えた。しかし、その実態は独語であり、掲示板は聞いて快いものだけの集いに見えた。

 言葉で傷つかなかった彼だからこそ、いや傷つきつつも自分を客観的に貶めることが出来なかった彼が、そこには見えた。そういう解釈がわたしの主観だったとしても、勢い余って彼の掲示板に書き付けた。彼は私の真意がすぐにはわからなかったようだが、それ以上に過敏に反応してくれた方が居た。わたしは偉そうだというのである。

 実はこのことが、このBlogへの投稿を一旦中断した理由である。簡単に真意が伝わるとは思って居なかったし、彼を傷つけることになるという覚悟は、もちろん私にはあった。しかし、そのこと自体を第三者によって拒否されたように思えた。傷つくことを拒否する権利は、当事者に許されるものである。しかし、それを超えたところに何かがあるのではないか。もっと言えば、傷つき傷つけられる関係というものも、人生にとって意味あるものではないのか。この思い上がった問いに決着が付かないうちには、ここに書くことはないと思っていた。

 そんなとき、とあるBlogを見た。

 この主旨は若干ここでいう問いとは異なっている。ある特定の個人に想いを伝えるということとは違う問い立てである。しかし、教員として仕事をするものからすれば、この仕事の持つメディアとしての性質は、個人としてあったとしても、引き摺るものなのだなという想いを強くした。反応してくれた方は、わたしが教員であるということを殊更に取り上げているように見えた。それはわたしの思い込みだとしても、しかし、教員であるという公共性は、書いているその方の念頭にあったことは推測できる。

 しかし、片方で、偉そうにすることが職務でもあると思えなくもない教員という仕事に、私もいつしかなじんでいたのだと気付く。あれほど、嫌悪していたこの役割に。

 それもこれも、私のふがいなさから来ることはわかる。未熟であるからこそ、安易に直接に彼に問うことしか出来なかったのだ。しかし、今ここに至れば、謝罪することではないように思えた。わたしのぎりぎりの覚悟の上での所業であるから。とはいえ、もっと良い形のコミュニケーションを探る必要性は痛感している。聞き手が拒否を経ずして受容できるような、問いかけとしての発話をすることが出来たなら。教員の存在意義をぐらつかされた経験であった。

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