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就職活動と自信

 専攻の長と博士の入学者の審査について話をした。その機会を使って、学生の処し方を尋ねてみた。つい安易に学生を責めてしまう自分を反省しつつ、先達の手管を知りたかった。
 大学院を出てからそのままずっと同じ大学で教鞭を執っているだけあって、ここの学生の気質の機微に詳しい。思い切って、先日述べたような最近の大学院進学者の一部に見られる性質について聞いてみた。
 現実からの逃避の手段として大学院を選択する学生は多い。先生は修士までは認めても、博士までは認めないと言う。しかしながら、そんな彼らでも、社会と結局向き合って、きちんと仕事をしているのだそうだ。彼らには人より優れた能力があることは疑いのない事実である。このことは、これまでの私には実感できなかったことであり、少し自分を安心させてくれた。
 そんな彼らが現実を恐れる理由は私には分からないわけではない。首尾よく行かないことが多すぎる時間を長く過ごせば、人は世を恐れ、活動する動機を失ってしまう。そんな彼らが達成感と充実感を感じられるような仕事を提供すること。それが大事だという。

 雇用する側からしてみれば、手のかかりそうな御仁よりは、便利な即戦力を選ぶだろう。就職活動をするならそんな嘘をつけ、というのではないが元気にそういう人間達と関わっていくことが大事ではないのか。雇用する側だって鬼ではない。出来そうもないことを人に命じることは滅多にない。自分に出来そうにないなら、早く言うべきである。出来ないことを恥ずべきことと考えすぎるのは、プライドの高さに起因しているのじゃないか。わたしはなんでもできる。そういう思いこそが自分を苦しめていることを気付くほうがいい。そして、もっとあなたが貢献できることがあるのではないか。このことを首尾よくするためには何が大事か。いましなければならないことと、追々必要になることをきちんと理解すること。時間をかけて良いなら、それに向かってじっくり準備して良い。でも、すぐにしなければならないことを待っていたのでは、意味を失ってしまう。そういう臨機応変さが求められる。

 自分のできる能力だけを提示して、それを使ってもらって、あとは知らない。そういう貢献だけで良いでしょ。ってな発想は、学校では許されても(?)、はっきり言って駄目です。できることを自分からもっと人にアピールして、自分が使える場所を探して、それで仕事をしないと。難しいと思うかもしれないが、そのこと自体は大したことじゃない。みんながしていることだ。

 自信を持とう。幾ら頑張っても無理なら、プライドもろともそこから降りてしまえ。それをしなければ、みんなが不幸になる。そして、時間をかけてじっくり構えれば良いではないか。あなたの良さはもっと他にあるはずだ。

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