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歴史を学ぶ?

 この年末年始は仕事に集中しようと思っていた。溜まりに溜まった残務を処理しなければならなかったから。にも関わらず、日頃の雑務からくる倦怠のため、どうもこれに集中できないように思えた。であるなら、まとまった時間をそれに費やすより、いや増した日頃の疑問と自らの不勉強から来る歴史認識の甘さを改善しようと思った。 この思いは、昨今の朝鮮問題や中東問題に触発され、ひいては私の外交観・戦争観に対する認識の曖昧さに対する不満から来ている。日本史・世界史には高校生以来大した時間を費やしていない。このようないい加減さでは、腑に落ちないものが多すぎた。

 朝鮮とのかかわりを理解するには、明治維新以降の日本の対外戦争に対する認識を確立することが大事だと考えた。もちろんそれ以前にも、日本は朝鮮に日本府を置いた時代があるし、秀吉の明征服を目指した朝鮮出兵も行っている。しかし、前者は日本史のみならず東アジア史の混沌とした時代のことで、憶測の域を出ない。また、後者は、多少調べたものの、秀吉の意図を正確に記述したと思しき文章が見当たらなかったため、今後の課題とした。
 さて、ネットや些少な文献を当たった結論として、この一連の戦争は収奪戦の意図のみならず、理想郷としての大東亜共栄圏の樹立への想いがあったことは事実であろう。欧米列強のアジア植民地化に対する自国を防衛する意図。それが、周囲の国々との共栄によって達成されるべきであるという思想は民族自決という高邁なものだと思う。日本人はその理想に酔い、さほど日本と交流のなかった東南・南アジア諸国の共鳴を得ることはできた。しかし、実際には大陸半島との間には残虐行為もあり、中国の中華思想と朝鮮の事大主義はそれを認めなかった。一気に理想を実現できるほど安易なものではなかったのである。そして、そんな日本の描いた理想の押し付けの結果、北朝鮮問題や在日の問題が今に残っている。しかしながら、市民のレベルでは、現在見られるような一部の人間達の誇張な喧伝にあるような、そんないがみ合いだけがあったわけではないことは、さまざまな記述から見て取れる。

 もう一つの問題である中東で起きている事々を理解するには、ユダヤ人問題・石油問題を避けて通れない。日頃より、現在イスラエルに住むような白人がアラブ人に囲まれた彼の地からなぜ出生しているのか、私の疑問であった。とはいえ、白人との混血が進んだマジャール人やフィン人の例もあるため、そのようなこともあるのかと納得させていた。しかし、ネットを眺めていたところ、ユダヤ史をまとめた文章に行き当たった。そこには、以下の事実が書かれていた。ユダヤ人はエルサレム周辺に起源を持つセム系民族のスファラディ(Sephardi)系と、8世紀前後に黒海北方にあったトルコ系白人による国家ハザール汗国の国家的改宗によって生じたアシュケナジー(Ashkenazi)系に分かれるというのである。後者の人々はその後、東欧からヨーロッパに拡散していく。今のイスラエル人の大半は後者であるということが宗教と共に人種の観点から重要であろう。そのことからして、この建国の意義など、商売上手な一部のユダヤ人たちの石油メジャーを含む国際企業体による、国家を超えた陰謀説が囁かれるのも無理はない。
 とはいえ、ユダヤ史は迫害の歴史であり、それを眺めることは、宗教の一側面としての排他性を強く意識させる。それとともに、国体の維持のために使われるさまざまな手法は、素直な人間性の一部分を歪めるように思う。といってもわたしは性善説にも性悪説にも組しない。そんなことを論議しても意味がない。ある環境におかれれば、人はあるものを良いと感じ、あるものを悪いと感じるように育まれる。生存競争の中に置かれている現実と、不安を遠ざけようと脳が作り出すイメージとの乖離が甚だしいほど、人はエネルギーを持ち得るが、そのことが周囲を幸せに導くのかどうかは分からない。常に生存競争には、新興勢力による既得権益との戦いがある。このことは、アラモ砦以来のアメリカの開戦理由を探ってみれば明らかである。もともと彼らには既得権益がなかったのだから。関西の各所に点在する陵墓を調査したら、古代日本の成立の謎が明らかになるかもしれないというが、その明らかになることとはこれらと似たようなものである可能性は否定できない。

 平穏の中に生きつつ、不安としての戦いを恐れるからこそ、新しい価値の創造でもって、既得権益との直接的な戦いを避けて勝利しようというのが、現代での上品な戦いになっているように思う。いや、もちろん、これまでも新しい価値を創造したものが戦いに勝利してきたわけであるが、土地所有や人的支配という直接的な支配をせずとも、世界経済の中に生きるわれわれは既に創造への期待にたぶらかされた経済による支配が実感できる。この創造性の戦いは、これはこれで厳しい戦いかもしれない。敗北しても実害は少ないとはいえ、その分やり場のない怒りが残る。とはいえ、実害がないのだから善しとすべきなのだろう。いずれにしても、生かさず殺さずの状況の下に、期待と諦念と共に生きるということである。寧ろ安穏としていることの方が為政者からは恐れを持って眺められずに済むのかもしれない。

 歴史を知り、ifという疑問符を持ち込んで検討することは、後学に繋がることかもしれない。しかし、歴史が常に何がしかの背景を持つことに気がつかされることで、我々に自由は残されていないという暗澹たる想いを強くする。そうではあるが、その意味で過去の出来事を正しく受け止めることで、諦念と昇華による真の自由や理想への着実な階段を上れるのではないか。そのためには、知性と行動力に満ちた個人による国を超越した連携という戦略が必要であろうし、そうした個人を育成する(?)ことが、今こそ求められているのかもしれない。ちょっと飛躍しすぎか…。

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