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世界とは・時空とは

 仕事をしていて、ふと空間のひずみについて想いが至った。多分、微分幾何でも勉強しないといけないんだが、それを考えて「幾何学と宇宙」を読んでいると、われわれの住んでいる世界とはどんなものなのかという疑問が湧く。五感や作り出した測定装置を使ったとて、その一部分しか知る由もないわれわれにとって、そこは想像するほかない。
 時間と空間を別のものとしか捉えられないわれわれにとって、世界とは変化と可能性に満ちた予測不可能なものである。しかし、原理に基づく静的な世界像を提供する科学は、その解釈を許さず、運命論的な生き方をも示唆する。

 それはこんな感じだろうか。変化の余地はなく、全てが既に存在している。その意味では全てが運命だと言えるのだろう。我々は時間軸上には未来にしか移動できないし、それらの存在を時系列で見ることしか出来ない。ただそういう存在だということに過ぎない。しかし全てが運命付けられているからといって、望んだものが全く得られないというわけではないだろう。
 もっと言えば、望んだものを得るとは、得られるものを満足して得るということであって、得られるものに自らを向かわせた、つまり、流れ(これは時間軸を必ず含むが)に素直に従ったからだともいえる。望んでいるものがそもそもの運命に合っていないのに、それを望んでいる時点で、夢は叶わないのだ。それは妥協的な側面もあるが、手に入らないかもしれないものをいつまでも追い求めることはどうだろうか。
 その意味で、全て運命だから、好きに生きれば良いというわけでもない。もし、それを選んだとするなら、それが運命付けられていたということである。それを我々は自由と呼ぶ。我々は俳優ではあっても演出はできない。自らや世界を思うが侭に操る側にはいないということである。
 そして、操れるという錯覚である意思とは、要するに無知であって無謀であるが故に機能しているということである。全てが現出している以上、その意味ですべきことは何もない。そこに現れているものが真実であるということに過ぎず、それを受け入れ、それを知り手に入れたことを喜びとすべきなのではないか。
 
 この考え方に無理があるのは、承知しているし、もっとエレガントな思想もあるのかもしれない。特に、人生において良いとは何であるかについての考察が一方的であるように思う。強い力で持ってなにがしかを引きつける人々には弱い他力本願的な発想と映るだろうか。しかし、それとの間に真実が横たわっているように思う。

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