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生き甲斐としての仕事・研究・教育

 生きていく動機が消えてしまいそうなとき、われわれはそれを補償するために何か代わりのものを用意しなければならない。とはいえ若いうちは物事が見えていないから、厳密なものは要らなくて、多少のごまかしは利く。それは自分をごまかしていることに気付かない、あるいは重大に感じないという点で、あっけらかんとしたものだ。でも、歳を少しは重ねると、それでは自分を許せなくなってくるんだろうか。


 先日、某公立大のごたごたで他所に移った同期の友人と、本当に久しぶりに酒を飲んだ。

 彼は理系から大学院で文系に移って教員をやっているのだが、私なんかとは違って、早々に学生結婚し、もう子供も二人居る御仁である。一時期は余りに太って、なんだか切れのない発言が多かったが、久しぶりに会ってみると、ひげなんぞ生やして、まあ多少は精悍さが戻ってきた。

 そんな彼と研究や教育について話をした。言わせれば、彼の現状は画期的な展開も望み薄で、ノーベル賞を取れる(これは思い上がった言い方なんじゃなくて、そういう可能性がゼロではないということでさえ、やっていく支えになるものだ)ようなこともないだろうと。でも、子供もいるし金もかかる。大学教員にしがみつかなければ、喰ってはいけない。そんな夢のない自分が満たされるのは、学生を前に偉そうなことを言うときくらいだ。そう言うのだ。

 彼と私の会話はいつもこんな調子。そう素直に言われてしまうと、わたしは返す言葉がない。人のネタを剽窃しても平気で、それだってみんなのためにやっているんだなんて言えるほど私たちは逞しくない。だから彼の言いたいことはよく分かる。結局われわれ学者は、衒学的な生き方を取らざるを得ないのか。塩野七生女史が最も嫌いなタイプなんだろうが、紙と鉛筆で生き、意気地がなくて、安全なところから人を責めるだけの。

 彼にしてみれば、理系から文系に参入して、数学の知識というアドバンテージを保った状態で、その学問を切ってみようと思っていたのだろう。それ自体が、安全なところからの攻めだったんじゃないのか。もちろん、専門を変えるっていう冒険なのには違いないが。しかし、それだけでは心の内側を全て語ったことにならない。我が大学の気風からの逃避だったんだと、彼は言う。工学部の体育会系のノリが肌に合わなかったんだと。

 彼の謂いでは、私は人嫌いとか何の彼の言いながら、結局人とうまくやって行っていると。その上、私は挫折を知らないんだろうという。言い方に嫌味がないから良いのだが、そんなもんだろうかと少々考える。多分ちょっと違うだろう。私は彼ほど理想主義的じゃなくて、悲観的じゃない。そして彼の想像以上に私は現実的だ。確かに、行動は慎重だから、理想と現実の折り合いをつけるのに時間がかかっているように見えるのかもしれない。そうではなくて、現実をよりよく知った上で行動したいだけだ。そして、それでも遅くないと思うし、解決していないなら執拗にやるだけだ。問題を解決するってのはそんなに容易じゃない。時間もたっぷりかかる。一時出し抜かれたって、挽回は可能だ。だから挫折なんてないし、したって次があると思う。

 とはいえ、もう人生の半分来てしまったんだとふと思ったとき、寂しさと恐ろしさが、ほんの一瞬ではあったがかなりの強さで私に迫ってきた。そこで思うのは、やはり研究しか今はないということ。偉そうに言っているが、結局私が一番刹那的なのかもしれない。今頑張ってさえいれば、将来はそのときどきでどうにかなるという無根拠な自信に基づいてここまで来たのだ。蓄積を重視しつつ無視するこの矛盾の中。
 自分は全能で何でもできるってのも嘘だが、みんなが問題にしているそれを、それは出来ませんっていうのも嘘だ。その場で出来なくたって、ある適度なタイムスケールの中で可能にしていくんじゃないか。それを目指すのが生き甲斐になるわけだし、それって身勝手な問題じゃないはず。これをこうしたいって想いが強すぎるのがやっぱり問題じゃないのか。

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