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無自覚から自覚へ

 三年連続で研究室所属した4年生が、そのままうちのラボに残ってくれなかった。かなりの高率で修士課程には進学するところである。なんでだろう。かなり凹む。わたしは人気がないようだ。進学云々以前に、4年生で所属しようという学生がそもそも少ないんだから。
 まあ、なめられているんだろうなと思う。ここを読んでいたら、同じような苛立ちを感じる人がいるのを知る。これは大学教員が直面する現実なんだろう。ああ、あほらしい。(でも、ここに大学教員にしがみつくしかない現実が語られていて、だったら人の事ばっかり言えないじゃんって思う。)

 だから、わたしもそれに対抗していろいろの策を弄しているわけだが、その成果として学生からはとても窮屈に見えるらしい。でも、教員で居る以上、このやり方を辞めるつもりはないです。だけど、これをやっているとジリ貧なんだよな。所詮、学生からすれば、学校なんて通過点に過ぎないから、安易に教員を批判して、学位なりを頂いちゃえばあとは用済み。私の真意を汲もうという奴は滅多に居ない(こう書くと、単なるエゴの押し付けに聞こえるだろうか?)。こんな割の悪い商売もないなって思う。短気だしね。

 ある先生に、大学教員なんて入れ物なんだから、それを演じつつ、やっていくしかないんじゃないかって言われたことがある。多分、わたしの一杯一杯さに、哀れみを感じてなんだろう。それはそれでうれしい言葉だった。でも、わたしには譲れないところはある。だから不器用にこんなやり方をしているんだ。
 もちろん、それを実現するためには、いろいろのやり方があるだろう。手を変え品を変えやってみても、最終的には自立してもらうことを目指している。でも、学生たちから知識でもなんでも呉れ呉れって言われている感じがする。甘えたい、頼りたい能ある若者からすれば、わたしは不適格なんだろう。
 これをいいことに、学生を使い倒している先生方もいらっしゃる。魅力的な仕事であることを強調し、手取り足取りすべきことを噛み砕いて説明して。組織としての生産性は上がるだろうね。でも、彼らの自立はいつの日だろうか。
 会話においても、「モー」っとしたはっきりしない感じはどこから来るんだろうか。わたしがどういう想いで話をしているかを、想像している感じが全くない。あくまで表面的な言葉の意味だけを捉えることに終始し、その言葉がどんな背景から出ているのかを想像しようという意識がないのだ。人と人との係わりにおいて、相手の考えを推察するっていう訓練を受けていないんだろうか。まあ、人が自分と違う考え方をしていることに愕然とし、それを理由に人を信頼できなくなる人もいるくらいだから、そういうことなんだろう。頷いたり黙って神妙な顔をしたりしていれば流せるって思っている人も多いし。問われているのに、答えがない。当事者じゃない。どれもこれも彼らが望んだ結果ではないんだろうが。

 高い教育を施されるっていうのは、自分の内面を掘り下げて、今まで気付かなかった自分に気付き、そうやって最終的には知の公共性から至る「公」の意義に想いを致すことだろうと思う。しかし、日本人にとって知とはとても私的である。処世術としてのキャリアである。であるから、研究にしてもなんにしても、みんなのためになにかをするという意識が乏しいように思う。このことは、結局税金の無駄遣いにも繋がるだろうし、エリート養成なんてのは勘違いの生産に過ぎないと思われている。なんだか、自分に都合のいい環境を求めることに終始し、キャリアを利用して他力本願的にやっていくことが強く意識される。
 そんなだから、教育の大衆化によって「読み書き算盤」以上の知を実感できる人が増えてきた結果が、今ある現実なんだろうな。自分と直面したこともなかった人々が向き合う葛藤。その過程でいやらしいエゴだけが拡大する。自己弁護・逃避・ジコチューの蔓延。これが解消され、公への意識がより成熟した形で回復されるには、一体あと何世代かかるだろうか。

 ここからはエゴかもしれない。どこへ行ったって一緒だとは思うけど、自覚のない人たちと仕事はしたくないな。無自覚で無責任であることを責めても平然としていたり、かといって目の前の課題に集中できない。それであるのに進学したいだなんて寝呆けた無自覚な人が蔓延している環境で、じっと我慢しているうちに自分まで阿呆になってしまいそうな気がする。でも、こういうところで訓練をつんだら、行く行くは宗教家や政治家くらいにはなれないだろうか…。

 まあ、でもわたしも手取り足取り教えられ、それで学んできたようにも思う。それ以前に、自立的に行動していたけれど。ああ、そうか、この今の学生諸氏の状態はわたしの若かりし頃と同じじゃないか。
 といってもなあ。それに人生を捧げろって?

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