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研究に没頭する覚悟

 前任地で研究員として仕事をしていた頃、海外のポスドクになっていた研究者の方(以下、Aさんと言おう)が、われわれが建設・整備していた実験装置を使いたいと話を持ちかけてきたことがある。

 Aさんは以前われわれの同僚だったこともあるのだが、その後、ある大学の助手となっておられた。大学院生の頃から、すぐには成就しないと思われる仕事を熱心に行っていた。しかし、その頃はなかなかうまく行っていなかった。そして、助手をされていたころの評判はあまりよくなかった。というのは、自分の研究に没頭し、ろくに学生の面倒を見なかったというのである。

 覚悟して没頭していたとはいえ居心地もよくなかっただろう。Aさんは満足できず、よりよく研究のできる環境を求めて常勤の職を擲って、海外のポスドクになられた。それは大学を責める問題でもない。
 その後、仕事がうまく行きかけていたが、共同研究者の仕事振りを見て進まないのを危惧し、こちらに話を持ちかけてこられたのである。

 われわれが扱っていた装置は、世界にそれほど沢山あるわけではないし、その使用時間も一般の利用者には限られていた。だから、多分Aさんは、われわれの装置を目当てにして声を掛けてきたのだと思う。競争相手も多い10年越しの仕事を無駄にするわけには行かない。そんな覚悟で、海外から試料を沢山抱えてやってきたのだ。

 その後、仕事はうまくいって、数ヵ月後に一流誌の表紙を飾ることになった。しかし、その一方でその成果を巡って一悶着あったことも事実である。


 この仕事の一部始終を知った上で、うまく行ったのは運がいいと片付けられる人は、多分居ないと思う。確かに一生懸命やったって出来ないことは世の中にたくさんある。でも、Aさんの覚悟の程を知っているから、そんな安易な言い方なんて私には出来ない。できることをやっている積もりだけど、それでできないのだから運が悪いんだとか。Aさんはいろいろのことに覚悟を決めて、選択して、研究してきた。もちろん、それだけのものを掛けるに値するテーマだったことは間違いないが、他の人がそれを成就したら、それまで費やしてきた自分の時間や価値さえ怪しくなる。そういうぎりぎりの覚悟である。

 いつだったか、知り合いの研究者から、Aさんは変わっているねと言われたことがある。確かにそう映るのは分かる。ただ、一つのことにここまで没頭できているAさんをあまり否定的に捉えたくはない。


 世の中にはいろいろなタイプの人がいて、得手不得手がある。だから無理難題を押し付けられても困るけれど、しかしそれだけでは済まない現実もある。ほかに手がなければ、責任を負わなければならないことも多い。でも、本当はそんなことなんて滅多になくて、上司の安易な決定だったりすることも多いのだけれど、よい対案を出せなければ、それはその場にいるみんなの問題だというしかない。成果が得られないとか、楽しくない仕事ばかりだとか、そんなふうに誰かに責任を押し付けて、後は知らん顔というのでは、寂しすぎないか。

 そんな社会に出てしまったら、何かに没頭するというのも結構な覚悟がいる。現実にはいろいろのものを、Aさんにとってはある種の人間関係だろうが、犠牲にする必要がある。そのことを生かすなら、なにか将来の糧になるようなことを学生諸子にはして欲しいと思うのだが、どうだろうか。

 そう言うと、こんな技術を身につけたいとか、そういう分かりやすくて結果が見えやすい方向に行ってしまうのは、仕方がないことなのか。しかし、時の流れに従って、技術はすぐに陳腐化する。水準を越えた研究者にとって大事なことは、何かの技術を修得しているかどうかではない。これは研究者に限らない。今抱えている問題にどう対処するかという問題意識を持ち続ける中に、初めて発想が出てくるのである。ことを始めないうちに考えたようなアイディアは、誰でも思いつくものだ。実現することの困難さに出会って、本当にすべきこと(それこそ発想と言うものだが)が見えてくるのだ。

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