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犯罪の若年齢化とバーチャル世界

 小学生が殺害される事件がおきた。犯罪の若年齢化が社会問題となっている昨今、加害者のインターネットとの関連が指摘される中で、ネットやテレビがいけないんだとはよく言われることである。でも、便利なこれらの道具をうまく使えないのはどうしてなのか。

 情報の組み合わせで新しいものを創出することが、今やわれわれの仕事の大きな部分を占めてきている。それは研究でも一緒で、だからこそ、膨大な情報を扱うこれらのシステムを構築してきたわけである。情報を氾濫させるのは、我々の本望であった。他方、雑用と称するルーチンワークは、つまらないものだと考えられている。しかし、生きるために必要な大半のことは、この種の仕事であるはずなのに。

 ともかくも、そうして情報へ対処や価値判断に追われ、その結果創出される価値の引き換えとして、どんな個人がいかなる心的背景のもとにそれらの情報や言葉を吐いたのか、推察する余裕がなくなっている。いや、余裕がないばかりではない、バーチャル世界が問題なのは、その背景を知る機会を奪っていることにあるのではないか。対話できない一方的な情報の発信・流入になってしまうのだ。ネットによる情報収集は能動的であるが、双方向の情報交通手段としては限定されている。

 人は機会を奪われると、人や情報になんらかの背景があることを徐々に意識しなくなる。本当なら、そんな根無し草のような情報は不安を煽るのだが、そのことにさえ麻痺してしまうのだろうか。また、現実の人間関係に生きていれば、その背景を推察する訓練が自然と出来ていくわけであるが、新参者たる子供にはそういう経験は不足しているのは当たり前のことである。

 子供たちは、既に構築されている情報網の中にある整合性や論理性に気付く前に、その膨大な情報にまず投げ込まれる。その情報に根拠があってもなくても、たいした差異はない。従って、その判断基準は自分の中にはなく、世間的な評価になるだろう。

 だから、テレビに出てくる成功者を眺め、それを羨望する。その華やかな空間と自分の空間が乖離しているときには、まだ羨望だけでよかったのかもしれない。しかし、今や一方的に垂れ流される情報に埋没し、日常は彼らとの距離を縮める。されど、容易には届かないその理想郷との間の葛藤に苛まれる。そんな彼らが、その葛藤を処理する経験を伝授してもらう機会を奪われれば、どうなるか。葛藤が人に理解されないだろうという不安。それを表現し共感がえられなければ、それから逃れるために葛藤自体を封印する。それが天然キャラになるのだろうか。いやもっといえば、無感動で無反応な人間を作り出すのか。

 若者が切れやすいのは当たり前だと思う。背景や根拠なくして一方的な批判を受ければ、先に進めない。八方が塞がっている。前進したいとは皆思っているだろう。しかし、その時間も与えられず、指針もないまま、人格を否定される。そんな拙速な現代社会の中に、どうやって生きたらいいのか。

 選別された情報を提供してもらい、背景に気付き、その仕組みを意識すること。その後で、膨大な情報を選別する術を学ぶということ。そんな風にするのかなと、自分の育て方として思う。そのことは要するに身近な事に潜んでいる感動に気付き、生きる意味を手に入れるということだろうと思う。それでは学ぶべき選別された情報とは何か。その意味では世間的な評価はそれほど間違っていないと思う。数年の時期を経ても評価を受けているものの多くは、時代にマッチした様式で構築された情報であることが多いと思うが、どうだろうか。単にミーハーなのかもしれないが。

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Comments

 今日は大学院の講義があった。出欠を取っているからか、出席率はとてもいい。しかし、ほとんど寝ているのだ。これにはほとほと参る。
 確かに、わたしの講義はうまくないかもしれない。彼らの興味を喚起できていないのだろう。しかし、より専門に遠い内容を教えている学部の講義よりもひどいってのはなぜだ。

 大学院生にもなって、ただ寝に来るっていうことの意味が分からない。確かに5回出席したら単位はやるって言ったが、5回を過ぎているのに、まだ寝にだけ来る。単位がいるから来ているんだ。無理してきてやっているのに、文句があるか。そんな感じなんだろう。

 下手な講義なら出なければいい。そうすれば、私も素直に反省できる。そして、少人数でも一生懸命やろうという気になれる。しかし、大多数がいい加減なら、こちらも気が殺がれる。そんなことではいけないと思ってはいるし、ピントがずれているかもしれないとはいえ、毎回いろいろ工夫をしているつもりなのだが…。
 来年からは出欠をとるのを辞めよう。学部でそれをやったら、結構良い感じになった。寝ているだけのやからは、周囲に与えている影響なんてこれっぽっちも考えちゃいないんだろう。わたしも大概マイペースで、自分勝手だけど、ここまでではなかったように思う。

 これは単なる愚痴なのだろうな。
 「大学の物理教育」という雑誌があって、そこに田口善弘先生が現代学生基質をまとめているらしい。それを読んだら、またここに書き込みたい。

Posted by: Dr. Pease | June 14, 2004 at 10:31 PM

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