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父の一周忌

 父の一周忌の法事は、3月末に祖父母の七回忌と合わせて済ませたが、実際に亡くなってから丁度一年になるのは、これから数時間後のことである。父の入院は一月あまりの出来事だったが、意識も回復せぬまま逝ってしまった。父が倒れたのは、運悪く私が関西に出張していたおりのことで、暫く会っていないときに起きた出来事だった。わたしも仕事が忙しかったが、上司の言葉に甘えて、たびたび帰省し(といっても車で2時間以内ではある)、看護士さんに簡易ベッドを借りて、意識もない父の傍らで夜を明かした。ただ見守るしかないことが悔しかった。その無念な思いは今も残っている。

 残務整理や仕事が忙しかったわりに、この一年は長く感じられた。父の死をきっかけに、一年間自分を見つめなおすと決めたことは「内なる旅」にも書いたとおりである。そんな自省のお陰だろうか。その分、仕事が進まなかったようにも思えるが…。

 たぶん、この一年の長さは、わたしがこれまで感じることを避けてきたことをしっかりと意識するために、さまざまな模索をこだわりなく出来るようになってきたことが原因ではないかと思う。一年前のわたしと、今のわたしは、大きく違っていると思う。それは、人生は一度きりしかないし、いつ死が訪れるかは誰も予測できないということを、父の死に直面して深く心に刻み付けたということである。だからといって、直ちに今がよければいいじゃないかという刹那的な価値観になったわけではない。人生において運命が確実に意味を持つし、長生きする可能性だって全くないわけではない。今と将来を見据えて、したいことやできることはしていこう。したくないことはしないようにしてもいいじゃないか。ただ、そのためには他者の存在を忘れてはいけない。そういうことに気を払いながら、とはいえわたしのペースで進んでいくほかないじゃないかと、思えるようになった。いままで避けてきたことも、ゆっくりとではあっても、目を向けて、取り組んでいこうという気になれた。

 今はなぜか、たくさんの雑務が覆いかぶさっている。逃れたくて仕方がない。しかし、ネットで「いやな法則」というのを見て、ああそれも仕方ないなと思えた。いやな法則かもしれないけど、まあこれが現実で、所詮その程度のものなのだ。でも、日頃感じていることを、ここまですっきり短い文言で書かれると、却って清々しい。まあ、気分を入れ替えて、頑張ってみますかね!

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