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想いを伝えるI

 初めに断っておきますが、これは恋文の書き方について言っているんじゃありません。多少は参考になるかもしれないけど、もっと一般的に自分の考えを文章したときに、なるべく多くの人が最後まで読もうという気にさせたい書き手の参考になるものを目指して書いています。といっても、私の文章がその域に達しているかどうかはわかりませんが…。

 書くという行為は、基本的にひとりごとですから、どうしても自分勝手な独り善がりになりがちなものです。かいてすっきりするというのでは、単なるマスターベーションに過ぎませんが、人のそんなものを見たいという人は変態だけですよね。だから、読む側の立場になる。これが第一原則です。

 人の立場になるってどんなことでしょうか。そんなものが分かるくらいなら、誰も苦労しない。そう言わないでください。みんな、結構コミュニケーションはしたいんです。いろいろ知りたいと思っている。刺激的で、平易で、見て役に立ったと思えるものが好きなのではないでしょうか。

 では、もう少し掘り下げて、人にとって興味深いものとはなんでしょうか。人は生きていれば、さまざまな場面でさまざまな問題に出くわします。それらが解きうるなら解かれるべきであるし、不可能ならそのことを当座は受け入れられるように(つまり、ペンディングできるように自分を納得させるように)自分を変容させておきたい。それを問題として意識していないものが、その解を見出すことはありません。なんかよくわからないけど、こうなったらいいのにとか、そんな漠たる問題意識では解には迫れない。


 ところで、私は結構ミーハーで、大御所の作品が好きです。小説、音楽、絵画、さまざまなジャンルで、マイナーな作品に惹かれることはあまりなかったように思います。自分では深いところを感じられる人間だと思っているのですが、他者からはそうじゃないからメジャー処が好きなんじゃないかといわれるのです。そうなのかなと思っていましたが、どうにかしてそれを否定する理由を探し続けていました。最近ようやく、それらしい理由が見つかりました。

 要するに、「独り善がりでない」作風が好きだということでしょう。それは一部の人には理解されなくても仕方ないという割り切りとは違います。みんなに分かって欲しいという思いやりが人の心を掴みうるということ。作品が本質を直接は伝えずとも、自然に伝わっているということ。それを強く感じられる作品が好きなのです。それらと対面すると、その作り手の意図を自分のものにしたいという気持ちが湧き上がってくる。

 他者と自分は違います。そんな違う人に自分の想いを伝えたいなら、相手の気持ちを汲もうということから始めるほかありません。分かってくれない。そんな自分の想いばかりを人に押し付けるのは難しい。しかし、逆に言えば、沢山の人の目に触れれば、そのうち誰かが真意を汲んでくれるんじゃないかって言えないでしょうか。となれば、沢山の人との出会いが必要なのだけれど、それが出来るかどうか…。世にはさまざまな人がいて、それぞれ想いがあることを、出会いがそれを教えてくれる。でも、そこまで分かり合えるにはどんな手段がいるのでしょう…。


 しかし、作品が売れる、つまりはその人の成したことが認められるというとき、必ずしも真意を介して何かが伝わるというわけでもない。要するに、自分が成したいことの意味意義は、自分が考えているより、広くて深いものかもしれないのです。あまり自分の思い込みばかりを強くするのは、却って損なのかもしれません。誤解もたまにはいいことをもたらすものです。あんまり伝わりすぎるのも、安易な関係を生む。その意味で、難しいこと、つまり、多少の緊張感は本質に迫るために大切です。自分でそれを掴むために。あるいは、掴む必要はないと思うために。

 ここで今一度考え直してみれば、想いを伝えるというのはなんなのだろうか。

 まだまだ続きます…。

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