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人のため―思い上がり?

 1日24時間しかなくても、頑張ったところで一人生あたり100年くらいしかなくても、我々は生きている。
 人の上に立つ前は、焦ることなく着実に使えていた時間だったのに、ここ暫くの急いた気持ちは何だ。柄にもなく、人のために生きようとしている自分に気付く。

 独りなら覚悟して選んできたはずなのに、人のことを考えたときから、これもそれもあれもどれも気になって仕方ない。そんなの分不相応なのに。しかし周りが期待しているかのような錯覚に落ち、自分のために時間を使う術を持たない自分の未熟さに、われながら呆れてしまう。

 世に生けるさまざまの人を見、こうしなければならないなんてことはないと得心する。ひとそれぞれが、それぞれの場面で努力している。それぞれの思いで。

 ただ、自分の思いだけがあり、それだけの人生だったかもしれないのに、ここまで人を意識することになるとは。人を掻き分けて進んでいき、人を巻き込んでいき、感謝されたような気になり、感謝されなかったり。

 そんなことに翻弄されて、折角与えられた時間を、うまく使えない自分を悔しく思う。これなら、長い時間を生きたとしても、つまらないことしかできないだろう。幸運を恃むしかないという無能さをさらけ出した生き方。それだけは避けたかったのだが。結局、使われるのがオチなのだろうか。

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