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わからないといえるための自覚

 人は限られた時間を生きている。それを自覚できないから、精一杯生きてみようという気にはなれない。そして、精一杯生きていないから、追い詰められても居直れない。弁明とか嘘とか都合のいい言葉を述べて逃げたくなるのだ。精一杯生きていたら、これ以上どうしたらいいんだと言えるんだと思う。


 一所懸命やっているつもりでも、結果が出ない事だってあるし、分からない事だってある。しかし、大事なことは、人からの質問や意見に、率直に耳を傾けることである。他者は自分が生きていない時間を生きている。だから、自分が気付かないこと、意識していないことを教えてくれる。

 それが納得できれば、指摘されることは恥ではない。その場で恥じ入る必要は特にはない。その指摘を、そのときあるいはその後に確認したらいいのだ。とはいえ、咽元過ぎれば熱さを忘れる。そういう執拗さは、普通はあまりない。終わったらあっけらかんとしているものである。育ちのいい人ほどそうかもしれない。却って恥じ入った者が悔しさから反省し、時間をうまく使うことが出来る。

 身内の会話でいい格好をしようとしているやつは、外に出ればなおのこと保身に回る。都合のいい言葉で言い逃れしようとしても、聞く人によっては簡単に分かる。


 自分を正しく見つめる。自分の社会における位置を正しく認識することは、自分の欲望を制御し、自分のゆとりを確保し、愉しく生きていくために大切なことである。このバランスがとれていないと、背伸びして失敗することになる。実力もないのに、余分なことをしてみたくなる。

 それでも、何もしないより、失敗してみたほうがいいかもしれない。その失敗を、分析できる力があるなら。

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