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人を売り、自分を売る

 このページの所在をついに母に告げた。書き始めた当初は、とてもこんなものを書いているなんて言えなかった。内容を読んでみると分かると思うが、自分や家族を晒すむごい文言が展開している。こういう所業を精神医学者の中井久夫先生は「人を売る」と表現した。他人としてこれを読むなら、大したこともない他所の家を覗くような好奇心くらいで、軽くしか見ないだろう。しかし、ここで晒される人のうち、これを受け入れられない人も大勢いると思う。実際、この内実をWeb上に晒すのには勇気がいったし、それを身内に告げることなんて猶のこと恐ろしかった。

 そうではあったが、こんな行為を黙って続けることが私には不誠実に思われた。そして、書き連ねるうち、これも全て運命であるとともに、わたしが自らの意思で引っ張ってきた結果なのだと思い知った。許してもらえなくとも、これ以外に私の所業はないのだから、この現実を母に知ってもらいたいと思った。今私がここにあるのには、さまざまな人との係わりあいで気付かされ、それに基づいた私の決意があるのだと。それは決して単に自由な係わりや選択ではない。

 しかし、そんな私の勝手な行為を母は許してくれた。これも運命なのだと諦め、そしてこれが次の展開になるならと認めてくれた。そして、私の考え方は母のそれと似ていると。損なところは似なくていいのにと言った。


 自由に思い通りの人生を歩み続けている人はほとんどいないだろう。幼いころからそれに気がついてはいたが、思い上がりもあった。自分は、静かに封建的なルールに則って、ゆっくりと自己実現していけばいいと思っていた。しかし、着実すぎたようだ。もう気がつくと30代も後半に。やりのこしていることが山ほどある。

 わたしってなんなのだろうか。都合よく自分の目指すものを取捨し、挫折感を軽減してやってきた。しかし、他者との係わりだけはやはり困難な課題だった。

 知を振りかざして、そこにすがって他から逃げ遂せた。たった一つのことだけ目指して生きてきたが、それを覚悟といえばそうである。そのさまを他者と自分を題材にして書き、覚悟、覚悟と学生諸子へ押し付けている。しかし、その根拠はわたしのこれまでの生き方であり、今ここにあるわたし以外にはない。

 とはいえ、押し付けは詩であり、それが小説の基本になければ一流にはならない。という意味の言葉を辻邦生先生の本(「言葉の箱―小説を書くということ」)に見出した。だから、こんな風に自分の葛藤をさらけ出すことも、他者との係わりの一つのやりかただと知って、安堵させられる。こだわりなくなんでもしてみることと、それと格闘し生きることの意味を見出すこと、それを手に他者と係っていく。そんな方法でいいだろうか…。

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Comments

M-O-T-H-E-R
M is for the million things she gave me,
O means only that she's growing old,
T is for the tears she shed to save me,
H is for her heart of purest gold;
E is for her eyes, with love-light shining,
R means right, and right she'll always be,

Put them all together, they spell "MOTHER"
A word that means the world to me.
(Howard Johnson).

Posted by: 信子 | May 08, 2004 at 11:23 PM

 本当は、ここに母からの手紙を載せたかった。

 母は、親である以前に、一人の人間だった。
 そのことに子が気付いたとき、わたしも一人の人間として歩むことを決意したのだった。

 その意味で我々は孤独であり、そして友たり得るのだ。

Posted by: Dr. Pease | May 15, 2004 at 12:24 AM

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