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分類される私

 エニアグラムとか四柱推命にちょっとはまっている。自分はテストの結果、エニアグラムではタイプ5らしく、本を買ってきて調べてみたら、ある本(D. R. Riso & R. Hudson, Personality Types, Houghton Mifflin)にタイプ5に関する表を見出した。以下にそれを訳してみた。



行動姿勢欲求恐れ
健全の3階層
1. 解放のレベル
預言者
開拓/羨望の対象/深遠/革命/同情/知性
参加
瞬時の察知/悟り/畏敬/澄んだ心/信用
自己実現
外界から離れている自己像(外なる観察者)からの解放
根源的恐れ
無能・無力で援助できないこと
2. 心理的受容のレベル
洞察
当意即妙/好奇/戯れ/警戒/並外れた
観察
注意/鋭敏/魅惑する/非感傷的/客観/自己内包
根源的欲求
貢献するための何かを得るために有能になる
二次的恐れ
洞察が不十分で人生の指針が得られない(人生に圧倒される)
3. 社会的価値のレベル
革新
独創/熟練/創意/対話/創造/技能
集中
探求/開かれた心/忍耐/気まぐれ/頑固/独立
二次的欲求
自信を得るための何かを修得する(居場所をつくるための自信)

貢献する価値あるものを持っていない(不意)
平均の3階層
4. 不均衡のレベル
熟練
聡明/技術の修得/収集/篤学/実践/閉ざすのを遅らす/好事家
概念化
博学/モデル構築/分析/非拘束/準備/貪欲

心と想念に退却することで安心感と自信を感じる

他者からの要求が内的世界への脅威に感じる
5. 関係制御のレベル
夢中
世界構築/秘密/思索的/神経質/とっぴ/非実用/分割/ものおじ
分離
抽象/集中/必要の無視/複雑化/放心/煽動/無節操

(精神活動を昂進して)侵入を排除

他者は適所と能力を攻撃する
6. 過補償のレベル
挑発
議論好き/軽蔑/敵対/係争/遠くから取る/転覆/鈍感
極端
皮肉/知的な傲慢/疑念/悲観/結論への飛躍/けち/短気

適所や内的世界を脅かす他者を脅かす

世界や他者とともにある場を見出すことへの諦め
不健全の3階層
7. 侵害のレベル
奇矯
孤立/不安定/拒否/空虚/関係破壊
虚無
退却/価値を貶める/暗い幻想/逃げ場のない苦悩/直情

外界との関係を全て排除(あらゆるものと地獄へ)

世界は自分に対して閉じている
8. 欺きと強迫のレベル
妄言
幻覚/突出/撃退/悪意/不眠/奇矯
統合失調
歪み/奇妙な知覚/恐れ/過熱/むかつかせる/援助の拒否/躁鬱

恐れを寄せ付けない

外的かつ内的影響から自己を防衛しない
9. 病理的破壊のレベル
病的
狂気/自殺/消滅/自閉/麻痺/無力
忘却されることへの期待
縮小破壊/分解/内なる混沌/忌まわしい感覚/狼狽

現実を離れ、あらゆる感覚的入力を止め、自覚から離脱する

根源的恐れの現実化:無力かつ無能にして援助できない


 また、四柱推命をベースにしたキャラクター分析のサイトによるわたしの結果は以下の通り。

 1. 知識欲が強く、他人が知らない事を解り易く正しく伝えようとする人
 2. 啓蒙派、人々の無知を啓発し、正しい知識を与えるタイプの人。

 真面目で素朴な雰囲気の控えめな私心の無い人。率直で楽天的から、他人に振り回されたり騙され易い所がある。見た目は頼りなさそうだが、一本筋の通った人柄であり、頑固で融通がきかぬ一面もある。あくまで人柄を大切に人物評価を下し、温かく信頼深い交際を望んでいる。

 あなたは、初対面の人と話をするのが苦手でしょう。自分を上手く表現できません。でも相手には本当の自分をわかって欲しいと思っています。そして、子供のような純粋な心の持ち主でもあり、感情を隠すのが苦手で、駆け引きや裏表のある対応は出来ない傾向にあります。人に対する好奇心は旺盛なのですが、すぐに本来の心配性と臆病な面がのぞき、それが又、顔に出てしまい、好奇心を持続させる事は苦手なのです。でもいったん仲良くなると、途端にわがままになったり、ずうずうしくなったりしますが、そこは天性の無邪気な可愛らしさでフォローし、愛されてしまう上に甘え上手に振舞います。

 外見的には柔和で控えめな態度で、人の気をそらさない気遣いの人でしょう。円満な人格者で、自分や人を傷つけるのが嫌いでもあります。人情に厚く、律儀で誠実な性格であるため、社会を見る目も家庭の中でも封建的な面が強い傾向にあります。また、理不尽な事があると見逃せない正義感の強さも持っています。

 そして、気性がさっぱりとしている為に何時までも根に持つ事はありません。順応性もあり、どのような状況にも合わせていけるたくましい生命力を持ち備えているのです。

 案外に、おっとりとしたのんびり屋に見えていても、本当は非常にせっかちで合理的に手早く物事を処理していく人でしょう。元来サービス精神が旺盛で楽観的であるために、物事を頼まれるとノーと言えずに引き受けて他人から良いように利用されかねません。また純真な心と繊細な心配りが、人を育てたり教えたりする事に向いており、大人相手では緊張しても子供ならば大丈夫で、深い愛情で包んであげることも出来るのです。

 あなたは、誰にでも好かれ、どんな時にも心が波立たず、変わらない温和な人でしょう。服装にも無頓着で、態度にも飾り気が無く、裏表の無い素朴な性格の人です。初対面の人には強く警戒しますが、親しくなると可愛いわがままが出てくるようです。交際範囲は広くなく、心から信頼できる人と永く付き合うタイプでしょう。好き嫌いは激しく、純粋で、心が非常にまっすぐなので、思った事感じた事をすぐに口に出す事もあって口うるさく受け取られるようです。他人にもそれを求めて自然と厳しくなる傾向にあります。独善的にならないようしたいものです。でも本人はとても楽天的でサッパリしていて全く悪気は無いのです。立ち直り、心の切り替えの早い人でもあります。ストレスの溜まらない、得な性格といえるでしょう。積極的で活動的であり、開放的ですが、それゆえ、執着心や粘り強さに欠ける面もあり、努力を遠ざける傾向にあります。でも、秘めた情熱が夢や希望へ向かわせるので、何時までも若々しくいられます。ところが、物事をすぐに諦めたり上手くいってもあっさりと人に譲ったりする所があります。

 このおおらかさはあなたの魅力ですが、もうすこし粘り強さを持つようにして損がないようにしたいものです。

 また、事業運もありますので、成功の可能性は高いモノがあります。ただし、執着心の薄さがネックとなりそうですし、そしてまた金銭面での注意と慎重さが必要です。

 1.一際目立つ存在で、また、異色な存在である。
 2.理想が相当高く、大きな目標を打ち立てる。
 3.内面は、パワーに満ちていて相当な野心家です。
 4.人と違った一面をアピールし、差別化を図りたがる。
 5.人知れず努力し、人に手の内を見せたがらない。その裏には、高いプライドが見え隠れする。
 6.感情の起伏は激しく、怒りを爆発させる。孤独を愛するナルシスト。人に支持される事で、活躍の場が広がる人です。


 これを読んで、人の発達とはどんなものだろうか、そして、外界との係わりとはなんだろうかということを、少しく考えてみた。

 「基底欠損」は、精神医学者マイクル・バリントの一連の著作に出てくる概念である。全ての人は、多かれ少なかれ何らかの満たされない不足を幼いときに感じていて、それを満たそうとする欲求が、人の活動の原点になっていたりする。多分、エニアグラムは、それを根源的恐れ(Basic Fear)とか根源的欲求(Basic Desire)とか呼んで、類型化し分析しているのだと思われる点でとても興味深い。

 精神病理では「性格か病か」が常に問題となるという。だとすれば、精神病理の分類は、性格分類となりうる。土居健郎は「わかる」をめぐっての一方的なコミュニケーションの様式を提案し、病理を分類した。つまり、

 1.「わかられている」分裂病圏
 2.「わかられっこない」躁うつ病圏
 3.「わかってほしい」神経症圏
 4.「わかられたくない」精神病質圏
 5.「わかったつもり」パラノイア圏
 6.「わかっていない」器質的脳障害圏

が、あるというのである(土居健郎「土居健郎選集5 人間理解の方法:診断と分類についての若干の考察」)。これも、他者との係わり方の志向性を表わす分類として、基底欠損にかかわるのではないだろうか。

 満たされない不足の程度は、人格において結構重要な意味を持っている。要するに健全か不健全かということにもなろう。才能と欲求はあまり因果がないことかもしれないが、強く不足を感じれば、それを強く求めていくため、後天的な能力補強という形で自己開発を促す。いわばハングリーさだろうか。他方、恵まれた環境に育つと、動機が弱くなる恐れがある。しかし、いずれにしてもそれはバランスの問題であり、人が成長していく流れの中で、ある部分が
欠けていると感じる場面に出くわすことは多いのではないか。

 そんなとき、当然だと思ってしまう恐れや欲求を、客観的に眺められなければ、意外に簡単におとしあなに落ちてしまう。


 生年月日をベースにした占いなどによる性格分類に関しては、なぜそうなるのかの根拠がまるで分からない。しかし、当たっているような気がするのはなぜだろうか。もちろん全てが運命付けられているとは思えないが…。どのようにして、この種の占いが形成されてきたかを知りたい。その成立には、実は興味深い方法論が隠されていたりはしないだろうか。


 ところで、内なる旅は、自分の根源的恐れや根源的欲求に気付き、それを超えていくための内省であるのだろう。自分を掘り下げて得られるのは、その程度のことだが、さりとてその程度のことに気付くことの意味はとても大きいと思う。自分の感覚や無意識にしてしまう行動の源泉は、実はそんなつまらないことだったのだと気付くこと。それによって、楽しくなく感じる自分を客観視し、より自分らしく生きることへの道筋がつかめるのではないだろうか。

 このことをせずして、何のために生きているのか。簡単に得られる安全保障感に無反省に生き、人のせいにする生活。そんなつまらない生き方を見せられると、とても寂しくなるから、止めて欲しいのだけれど。


 大学に来る前、わたしはどうにか3のレベルまでに至っていたように思う。確かに狭い職場で、やっている内容は私の望みとは必ずしも一致していなかったが、少しずつそれを開拓していけるという兆しがあった。しかし、上司の異動やさまざまの人の想いが混ざり合って、今はここにいる。

 今のわたしは、3よりは下のレベルに戻ってしまったように思う。自分の適所を見出すのに時間を使ってしまうと感じていたのは、この表にきちんと説明されていた。新天地では、少し精神状態が悪くなる。でも、それは、タイプ5という人口の9分の1はいるとされている人間のパターンに過ぎない。このパターンを変えるなんて、なかなか出来ないことなのだろうし、こんなパターンを示してくれると、人生の可能性と限界に気付かされる。これは、却って気が楽になる。別に、諦めるということではなくて、着実に進むほかないのだなと気付かされるというべきか。

 塩野七生さんの本に影響されているのかもしれないが、こうしなければならないなんていうことは、世の中にはないのではないかと最近特に思う。某先生は、金を取ってきて、独創的な仕事をして云々と言われる。確かにそうなればめでたいし、周りにとってもとても良いことかもしれないが、そのことが自分の人生の幸福感や健全度とどれほどの係わりがあるだろうか。しなければいけないという義務感は、確かに行動のエネルギーにはなるけれど、それで生きているうちは楽しくないんじゃないか。そうではなくて、自発的に楽しく何かをしているということ。そうやって生きる術を手に入れたい。その上で、必要なことができるはずなのだ。

 人を何かに強いていくということはするまい。それが、自分にとってどうかという視点からのものである限り、却って意味を減じる。とはいえ、そういう影響を受けることも運命だし、それを受け入れられる健全さを身につけたいとは思ってもいる。

 ただ、ここまで他者に優しくなっても、わたし一人がしているだけなら意味がないだろう。生きやすいように、敵の軍門に下ってもいいが…。それほどこだわりがあるわけではない。しかし、今は優しさを人に押し付けているのだから、本当は優しくないのかも…。

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