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暴力への恐れ

 二日酔い気味の今日、5時半に目覚めた。気分が悪くてかなわないが、風呂をセットして、コップ一杯の水を飲んで、コタツから布団に移動した。

 いろいろの想いが混ざっていたのだろう。うとうとしていたらかなり明確な夢を見る。

 登場人物は全員知っているのだが、意外な組み合わせ。数名のメンバーで山の温泉にでも来ているようなのだが、そこにある知った人が現れる。その人は、臆面もなく、宿舎の部屋で、性的に倒錯したような写真集を眺め始める。そして、そのうち、自らの手に登山ナイフで何度も何度もきりつけていく。何が起きているのか。わたしは呆然と眺めるだけ。血まみれになった手のまま、彼は一人山を降りていく…。

 目が冴えてしまったので、風呂に入りながら、この意味を考えてみた。その特定の個人とそのこととは関係ないだろう。しかし、この自虐的な暴力的な行為の意味はなんだったのだろうか。


 ふと、亡くなった父のことを思い出した。もう二十年以上前のことになるが、わたしが関西に住んでいた頃、母は社会人のテニスサークルでの活動に喜びを見出していた。そこには、多分メンバーたち男女の微妙な感情の往還もあったのではないだろうか。そのことを父は勘ぐっていたのだろう。何があったかは知る由もないが、多分、その勘は外れてはいなかったのではないかと思える。そして、それを確認するために、母のつけていた日記を読んだようだった。疑念が先か、日記を読んだのが先かはわからないが。

 ある休日、父は一人家を出た。わたしは気にも留めず家で過ごしていた。そのとき、父から電話を受けたのはわたしだった。父の「涙が止まらない」という言葉の後に続いたのは、信じがたく暴力的な言葉だった。小学生だったか、中学生だったか、そのころの私には、ただ、静かに聞くことしかできなかった。「こんな父なんてどうしようもないだろう」なんて言い方もしていた。母にそのことを伝えると、室内を確認し、日記を読まれたことに気づいたようだった。焦りと恐怖に慄いていたが、すぐに、出かけて行った。

 しかし、大事には至らず、父は母とともに帰ってきた。母は日記を焼き捨て、もう日記は書かないと言っていたことが記憶に残っているが、それ以外のことはわたしの心の中に封印し、忘れてしまった。その後、十年しないうちに二人は別れた。


 思い通りにならない人の気持。それに出会ったときに、暴力に訴えてしまいたくなる感情は、わたしのなかにはない。確かに幼い頃、兄弟げんかはよくしたものだったが、もうニヒルに諦めで包んでしまう。昨年の父の危篤に際して弟から貰った厳しい言葉にも、暴力的な気持など起きようはずもなかった。私の心の内面が伝わらない、そのやりきれない気持をどうしたものか、とても寂しくて、本当に悲しかった。

 ドメスティックバイオレンスは、以前から社会問題になっている。ということは、暴力は特殊なことではなくて、日常の問題なのだろう。悪循環が、他者を傷つける方向に展開することも日々あたりまえに起きているということだ。

 ときどき剥き出しになる感情は当然としても、それに付随した暴力。嗚呼、何の権利があって。

 それとは逆に運命に自分を委ね、感情を閉塞し、人生を諦めに包む。

 人々のさまざまな心の機微。これを愉しめって言うのか。このことの辛さの前に、気力が失われてしまう…。しかし、そんな衝突から身を守らなければ生きてはいけないのだ。

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